第12話 レコンキスタ
八世紀。イスラム勢力のイベリア侵攻を許してから、キリスト教国家による再征服活動=レコンキスタが始まった。一二世紀。キリスト教諸国はそれぞれの勢力拡張に重点を置き、統一戦線を張って戦おうとはしなかった。ムワッヒド朝も、北アフリカから東方への拡張を主眼としており、イベリア半島にはそれほど戦力を割いていなかった。このため両者の決定的衝突は生じなかった。
しかし、ヤアクーブ・マンスールが即位するとムワッヒド朝は積極策に転じ、アラコルスの戦いでカスティーリャ王アルフォンソⅧ世の軍を破りキリスト教勢力を圧迫した。
一方、ローマ教皇インノケンティウスⅢ世は、カトリックの威信の発揚とイスラムの撃退を目指した。キリスト教諸国間の争いを停止し、対イスラムで結束するように呼びかけたのだ。これに応えて第四回十字軍が結成され、遅れてイベリア半島でも、アルフォンソⅧ世を中心としたキリスト教連合軍が結成されることになった。
フェルディナントのもとにも皇帝からの書状が来た。皇帝フリードリヒⅡ世はイスラムとの戦いに熱心ではなく、第四回十字軍には参加せずに帝国内の諸侯の自由参加に任せた。
レコンキスタについても同様に自ら参加する意思は毛頭なかったが、教皇との間のイタリアを巡る条件闘争に当たり、あまりに消極的過ぎる姿勢はとれなかったため、お鉢がフェルディナントに回ってきたのだ。
フェルディナントも凄惨な略奪行為で名高い十字軍は、とても参加する気持ちになれなかった。だが、元の土地を取り返すレコンキスタならばまだしもと考えていた。
それに舅からの依頼であり、明確な理由なしには断り難いということもある。結局、領軍をナンツィヒに残し、
しかし、出撃するからには何か得るものがなくては面白くない。フェルディナントは思案を巡らせていた。
ヤアクーブ・マンスールの後を継いだムワッヒド朝のムハンマド・ナースィルは、一〇万を越える大軍を率いてジブラルタル海峡を渡り、カラトラバ騎士団の守るサルバティエラ城を占領して、カトリック諸国に圧力を加えた。
これに対し、イベリア半島で勢力争いを続けていたカスティーリャ王アルフォンソⅧ世、ナバラ王サンチョⅦ世、アラゴン王ペドロⅡ世は、教皇の仲裁で対イスラムを目指した同盟を結んだ。これにテンプル騎士団などの騎士修道会や、フランスの司教に率いられた騎士ら、それにレオン王国の騎士たちがはせ参じた。ロートリンゲン公国の
アルフォンソⅧ世の軍勢は急速に膨れ上り、連合軍は総数六万を超えた。カトリック連合軍はトレドに集結し、南方へ向かって進軍した。しかし、強い動機のない義勇兵的な騎士たちは、彼らにとって暑くて不快な慣れない気候に耐えられず脱落していき、当初六万を超えた兵力は五万程度まで減少した。あるいは敵の数の多さに恐れをなした者もいたかもしれない。
アンダルシア地方のハエン近郊のナバス・デ・トロサで両軍は戦闘を開始した。
カトリック連合軍の配置は、アルフォンソⅧ世と騎士修道会の軍勢が中央、サンチョⅦ世、アビラ、セゴビア、メディナ・デル・カンポの軍勢が右翼、左翼にペドロⅡ世の軍勢が陣取っていた。カトリック連合軍は約五万、ムワッヒド軍は約一二万五千の兵力であった。
戦いの始めは小競り合いが繰り返された。
ムワッヒド軍は余裕を見せていた。こちらは相手の倍以上の数である。正面からの衝突をなるべく避けて、カトリック連合軍が疲れてくるのをじっくりと待てば勝手に勝利は転がり込んでくる。しかし、ムハンマド・ナースィルはしびれを切らして小細工を弄してしまう。
「偽装敗走して後退する。敵を誘い込んでから一気に反攻し、殲滅するのだ」
ムワッヒド軍の本陣が後退を始めた。これを見たアルフォンソⅧ世は命令を発した。
「これぞ神の采配。今戦わずしてなんとする。全軍、突撃!」
アルフォンソⅧ世の軍は敵本陣の脇腹に突撃をかけた。この突撃により、カトリック連合軍は士気を奮い立たせる。右翼のサンチョⅦ世も突撃を命じる。
「アルフォンソなどに負けておられぬ。我らは堂々と敵本陣を狙うぞ。突撃!」
──バカな! 敵の偽装敗走は見え見えではないか!
仕方なくフェルディナントはフォローに回る。
「ペガサス騎兵、魔道部隊、
ペガサス騎兵、魔道部隊、
いつものように、まずはペガサス騎兵が炸裂弾を投下して身軽になる。
ネライダが指示を出す。
「炸裂弾、
爆風に巻き込まれた者は手足をもがれ、破片を浴びた者は血まみれになって痛みに呻いている。
「続けて、
ダダッ、という音とともに自動小銃の弾丸が敵兵士を襲う。
味方が次々と見えない何かに体を打ち抜かれ、ムワッヒド軍兵士は当惑している。それでも気丈な者は弓を打ち返してくるが、ペガサス騎兵には届かず、味方に当たる始末だ。
フランメが魔道部隊に命令を出す。
「僕らもいくよ。炎よ、我が呼び声に応えよ! 火炎の矢ぶすまをもって、敵を焼き尽くせ! レインオブファイア!」
炎の矢の雨が次々と敵を襲う。服を燃やされた敵があちこちで火を消そうと転ころげ回っている。
そして
異形の姿をした悪魔たちが炎や毒を吐き、爪で引き裂き敵兵士が次々とやられていく。
一方、サンチョⅦ世の軍は不思議な光景に唖然としていた。
彼らがペガサス騎兵に追いついたときには、既に狙撃に移っていた。上空の銃声とともに見えない矢でやられたように敵がみるみるうちに倒れていく。
「どういうことだ? 敵が勝手にぶっ倒れていく」
さらに追い打ちをかけるように、フェルディナントが騎馬軍団を引き連れて奇襲をかけてきた。こちらからも、銃声がしたと思うと、見えない矢でやられたように敵がみるみるうちに倒れていく。
そのうちにムハンマド・ナースィルのいる本陣が露になった。
フェルディナントは、本陣のテントを鎖のように守る屈強な奴隷による親衛隊に切り込みをかける。
「本陣に切り込むぞ。我に続け。
どんなに屈強な戦士であろうとフェルディナントやアダルベルトたち、百戦錬磨の騎士たちの前では太刀打ちできない。あっという間に親衛隊は切り崩されてしまった。ムハンマド・ナースィルとその軍勢は慌てふためいて、敗走した。
結局、サンチョⅦ世の軍は目の前で何が起こったのかを理解できなかった。
理解を超えた不可思議に対し、人は神を引き合いに出すものである。そのうちにサンチョⅦ世の豪勇に神が奇跡を起こしたのだということになり、彼は「豪勇王」として後世に語り継がれる存在となる。
誤解もいいところなのだが、フェルディナントは何も言わなかった。わからないやつには結局わからないのだ。
ナバス・デ・トロサの戦いでムワッヒド朝の受けた打撃は壊滅的ともいえるもので、以後イベリア半島のイスラム勢力は衰退と後退の一途をたどることになる。
カトリック連合軍が戦勝に湧き上がる中、
目的地はジブラルタル。海峡をなすイベリア半島側の岬の突端部分である。この地は、海峡の交通をコントロールできる戦略上きわめて重要な場所である。この場所を有無を言わさず実効支配してしまおうというわけである。このくらいの手土産がないと遥々イベリア半島まで来たかいがない。
ジブラルタルには砦があり、ムワッヒド軍が守っていたが制圧するのに一時間もかからなかった。
フェルディナントはすぐさま
翌朝。これと呼応するように砦に船団が入港してくる。フェルディナントが手配した食客たちである。今後は彼らが守備兵として砦に詰めるのだ。必要な生活物資も一緒に運んできている。
さて、これで終わりではない。イベリア半島側だけでは不十分である。アフリカ大陸側も同様に制圧する。
船も手に入ったことだし、夜の闇に乗じて船を乗り出し、セウタを占領した。こちらもムワッヒド軍が守っていたが一時間もかからず制圧した。同様に悪魔に命じ、要塞化し守りを固める。
ジブラルタル海峡は狭いところで一四キロメートル、最も広いところで四五キロメートルという狭い海峡だ。この両岸を抑えることでジブラルタル海峡の交通をコントロールし、戦時には海峡封鎖などもできるという重要なアドバンテージを手に入れたわけだ。
また、これによりムワッヒド朝が援軍をジブラルタル経由でイベリア半島に送り込むことが難しくなった。このことが結局はレコンキスタの完了を早める結果となるのである。
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