第10話-6

 その頃、フェルディナントはゆうゆうと丘の周りを迂回し、敵陣の真後ろに到達していた。フェルディナントは工兵隊に指示を出す。

 

「例の物を準備しろ。塹壕も掘るのだ」


 すべての準備を終えると、例によって太陽の周囲に光の輪が現れた。フェルディナントの水魔法による仕込みである日暈である。フランドル伯の兵やブラバント公の新兵は初めて見る神秘的現象に驚きを隠せないでいる。

 

 その様子を確認すると、フェルディナントは、「マリー。もういいぞ」とミラージュの解除を促す。マリーがミラージュを解除すると、敵の目に暗黒騎士団ドンクレリッターが現れた。

 

 敵陣に動揺が広がり、あわただしく動いた。丘の上という有利な場所とはいえ、前後を敵に押さえられたのだ。挟撃されたら丘の上というアドバンテージも薄れてしまう。敵は半数をこちらに向けて陣を組み直そうとしている。


「遅い! 砲兵隊、撃てファイエル!」


 砲弾が敵を襲い、あちこちで爆発する。爆風で兵士は傷つき、馬は音に驚いて逃げ出していく。


「何だこれは!? 敵の魔法なのか?」

 フランドル伯は叫んだ。

 

 ブラバント公が答える。

「敵が神から賜ったと称している武器ですな」

「魔法ではないのか?」

「左様です」

 

 ブラバント公は説明する。

「敵の暗黒騎士団ドンクレリッターは、大天使ミカエルの加護を受けた聖なる軍隊を僭称しているのです」

 

「あの太陽にかかっている輪はそういうことではないのか?」

「確かにナンツィヒを攻めたときもあらわれましたが、単なる偶然なのでは?」

 

「あのような奇跡が偶然で起こるものか!」

「ですが、今回は大天使ミカエルが姿を見せておりません」


「大天使がそう何度も降臨するわけがなかろう!」

 

 フランドル伯は急に不安になってきた。自分は神に背いているのではないかと。その間も砲弾の雨は降り続け、本陣のすぐそばにも着弾し、フランドル伯の側近がやられた。いつ自分がやられてもおかしくない。


 そろそろ砲弾の数が減ってきた。念のため残弾を残して砲撃を一旦停止する。

 

「砲兵隊。打ち方止め。次は空から攻撃だ。ペガサス騎兵、魔道部隊、蠅騎士団フリーゲリッター突撃ルゥ-シャングリフ!」

 

 蠅騎士団フリーゲリッターは飛行能力を持っている悪魔たちから構成されているので、そもそもペガサスに乗る必要がない。彼らが悪魔の本性に戻るとその異形に団内がどよめいたが、それもすぐに収まった。これしきのことで驚いていてはフェルディナントには付いていけない。暗黒騎士団ドンクレリッターの団員はもう高を括っているのだ。

 

 この時点で、ブラバント公が集めた新兵はほとんどが逃走していた。まともな訓練を受けていない兵に、このような状況が耐えられるはずがないのだ。

 

 いつものように、まずはペガサス騎兵が炸裂弾を投下して身軽になる。ネライダが指示を出す。

「炸裂弾、投下ファーレン!」

 

 爆風に巻き込まれた者は手足をもがれ、破片を浴びた者は血まみれになって痛みに呻いている。

「続けて、撃てファイエル!」

 

 ダダッ、という音とともに自動小銃の弾丸が敵兵士を襲う。見方が次々と見えない何かに体を打ち抜かれ、敵兵士は当惑している。それでも気丈な者は弓を打ち返してくるが、ペガサス騎兵には届かず、味方に当たる始末だ。

 

 フランメが魔道部隊に命令をだす。

「僕らもいくよ。炎よ、我が呼び声に応えよ! 火炎の矢ぶすまをもって、敵を焼き尽くせ! レインオブファイア!」

 

 炎の矢の雨が次々と敵を襲う。服を燃やされた敵があちこちで火を消そうと転げ回っている。

 

 とどめは蠅騎士団フリーゲリッターである。異形の姿をした悪魔たちが炎や毒を吐き、爪で引き裂き敵兵士が次々とやられていく。

 

「悪魔だーっ!」

 敵兵士たちは恐ろしさのあまり逃げ惑っている。


 フランドル伯は焦っていた。既に味方の四割近くが死傷して使い物にならない。かといって空中の敵を攻撃する手段も思い当たらない。このままではジリ貧だ。幸いここは丘の上、敵本陣へ一気に攻め下れば一発逆転もあり得る。

 

「敵本陣へ騎馬で攻め下れ。突撃ルゥ-シャングリフ!」

 

 騎士たちが突撃槍ランスを構え、フェルディナントの本陣めがけて次々と突撃していく。

 

 フェルディナントは、敵の騎士が突撃するのを見て心の中でニヤリとした。予想どおりだ。この時代の騎士は馬鹿の一つ覚えしかできない。

 

 フェルディナントは塹壕に潜む兵たちに指示をだす。

「射程内まで引き付けて一斉射撃だ……今だ! 撃てファイエル!」

 

 敵の騎士たちは自動小銃の弾に打ち抜かれ、次々と倒れていく。それでも何騎かは弾幕をすり抜けて突撃してきた。

「今だ。馬防柵を立てろ!」

 

 命令を受けた工兵体が寝かせてあった馬防柵を敵に向けて斜めに立てた。馬防柵の先端は尖らせて槍のようになっている。

 すり抜けて来た何騎かの騎士たちも突然にあらわれた馬防柵を前に止まることができない。馬が次々と馬防柵に貫かれ哀れな悲鳴を上げている。騎士たちは落馬し、逃げようとするが自動小銃の餌食となっている。

 

「よし。もういいだろう。ブラバント公とフランドル伯の身柄を確保せよ。全軍、突撃ルゥ-シャングリフ!」

 

 敵はほとんど消耗しており、反撃も散発的だ。それに対し、暗黒騎士団ドンクレリッターの方は力を温存している。戦いの趨勢は火を見るよりも明らかだった。

 

 ヘルミーネが、「私も行くわ」と言い出した。

「いや。君は……」と言いかけたところでバイコーンに乗って駆け出してしまった。それを慌てて追いかけるフェルディナント。

 

 ヘルミーネの武器はレイピアで、馬上での戦闘には向かない。フェルディナントが追いついた時には、バイコーンから降りて徒歩で歩兵と戦っていた。さすが長年フェルディナントとともに鍛えただけあって、並みの歩兵では太刀打ちできない。

 

 ──ちょっと過保護だったかな。

 

 ……と思った矢先。同じレイピアを持った女兵士がヘルミーネの前に立ちはだかった。しかし、強い。師範級の強さではないか。ヘルミーネは防戦一方となり、徐々に追い詰められていく。フェルディナントは見るに見かねて割って入った。

 

 だが、よく見るとエリーザベトではないか。相変わらず神出鬼没なやつだ。彼女ならばあの強さも納得できる。

「おまえがこんなところで何をやっている?」

薔薇十字団ローゼンクロイツァーが開店休業状態なんでね。傭兵のアルバイトさ。でも、あんたが出てきたんじゃもう潮時だね。金は前金でたっぷりもらっているからこの辺でとんずらさせてもらうよ」と言うなりエリーザベトは風のように姿を消してしまった。

 

「何よあの女。知り合いなの?」

 ヘルミーネが怪訝けげんな顔で聞いて来る。

 

薔薇十字団ローゼンクロイツァーの一味の女だ。傭兵のアルバイトをしていたらしい。逃げ足の速いやつだから追っても無駄だな」

「ふ~ん。そういうことにしておいてあげるわ」

 

 女の勘は鋭い。何か裏があると勘づいたらしいが、ここは見逃してくれるようだ。

 

 そこで歓声が上がった。第二中隊のカロリーナがブラバント公の身柄を確保したらしい。

 時を置かずして新たな歓声が上がる。今度はアダルベルトの第一中隊がフランドル伯の身柄を確保したようだ。

 

 これにより、敵兵士の抵抗は納まり、騎士や一般兵士も投降してきた。

 ふたを開けて見ると、フランドル伯軍の死傷者は実に七割に達し、生き残った者もほとんどがフランドル伯をはじめ捕虜になっていた。これ以上はないほどの惨敗である。

 

 ブラバント公軍の方は半数が逃走したおかげで死傷者は三割程度だったが、生き残った者はやはりほとんどが捕虜になっていた。

 逃走したブラバント公の兵だが、ライン宮中伯のヴェルフェンがうまく立ち回り、こちらもことごとく捕虜にしていた。地方領主連合軍にも多少の戦利品は必要だから、これはこれでいいだろう。

 

 こうして、ブラバント・フランドル連合軍との決戦は終結を迎えた。

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