第10話-3

 フェルディナントは早速タンバヤ商会情報部アリーセに密書を持たせ、密会の申し入れを行ってみることにした。

 場所はライン河畔の見晴らしの良い平原だ。お互いに暗殺を疑っているだろうから、伏兵を伏せ難い場所とした。もちろんフェルディナントは暗殺など考えてはいなかったが、先方からすると暗黒騎士団ドンクレリッターはフェルディナントのカリスマあってのものだから、暗殺して暗黒騎士団ドンクレリッター瓦解がかいすることを狙ってくることは十分にあり得る。

 

 下ロタリンギアの教会勢力がフェルディナントの庇護を求めていることはあえてオープンにしていたし、あれだけ派手に大司教が動き回ったのだから隠すのも難しい。それを先方はどう考えるかが問題だ。

 

 受けるかどうか半々だと思っていたが、相手からは密会に応じるという返事がきた。期日を決め、いよいよ当日。密会の場所へ向かう。

 警備の人間は互いに五人までという少数にするという取り決めにしていた。こちらからはアスタロトとセバスチャン、アダルベルト他二名の精鋭騎士を護衛に付けたが、念のため他にアスタロト配下の悪魔を二〇人ばかり隠形させて伏せていた。

 

 先方も五人の屈強な騎士を護衛に付けていた。千里眼クレヤボヤンスの魔法で周辺を探ると、五〇〇メートルほど離れた背の高い草むらに一〇〇人程の兵が伏せてあるのがわかった。暗殺の意図があるのか、それとも用心のためなのか、これだけをもってしては計りかねる。だが、隠形した悪魔二〇人であれば一〇〇人程度の人族など何の障害にもならない。早速、話を切り出す。

 

「ライン宮中伯。本日は足をお運びいただきかたじけない」

「なんの。私は公の実力を評価しているのだ。良い話を期待しているぞ」

 

 前回ライン河畔で戦った時は姿を見かけたが、直接話すのは初めてだ。歳は相応にとっているが、いかにも頭の切れそうな印象だ。油断できない。

 

「早速ですが、下ロタリンギアの教会勢力がそろって私の庇護を求めてきたことはご存じですか?」

「あれだけ派手にやられては、知らぬものはおるまい」

 

「そこで、私としてはロタリンギアの秩序を乱す賊徒を討伐せざるを得ないのです。それに当たりライン宮中伯におかれてはご助成をお願いしたい」

「公の軍門に下り、教会と同様に庇護を求めよということか?」

「お察しのとおりです」

 

「負けたとはいえ、結集すれば下ロタリンギアの方が兵数は多いのだぞ」

「兵数は戦の重要な要素ではありますが、質も重要です。我が軍は大天使ミカエルの加護を受けているほか、神から賜った強力な武器を持っており、人を寄せ付けない闇の者や竜を使役する強力な従魔士もいます」

 

「確かに強力な武器も持っておったし、闇の者も何人かおったようだが、それがそんなに大きなアドバンテージになるかな? それに竜を使役するなどとても信じられん。おとぎ話ではないのだから」

 

 フェルディナントは思案する。

 

 ──ここは実際に見せるしかないか。

 

「ちょうどあそこの草むらにならず者が一〇〇人ばかりいるようです。これからダークナイト一〇人に追い払わせて見せましょう」

「そ、それは……」

 

 フェルディナントはダークナイトを召喚する。魔法陣があらわれ、黒い霧に包まれたかと思うとダークナイトが一〇人出てきた。その異形にライン宮中伯は恐怖を隠せない。

 

「そこの草むらにいるならず者を追い払え!」

 

 ダークナイトが草むらに突進すると、兵士たちはけなげにも応戦しようとしたが、ダークナイトは二メートルを超える体格のうえ、高度な剣技を持っており、全く相手にならない。あっという間に兵たちは逃げ出してしまった。

 

 命令を完遂したダークナイトはフェルディナントのもとに戻り整列する。フェルディナントが命令すれば、ライン宮中伯をたやすく殺害できる状況になったということだ。ライン宮中伯の顔には脂汗が浮かんでいる。

 

「では、ついでですから竜をお見せしましょう。セバスチャン」と、セバスチャンに合図を送る。

「御意」

 

「はい?」

 突然のことに、ライン宮中伯はポカンとしている。

 

 セバスチャンの体がみるみる膨らむと火竜に変化した。古代龍なので相当な巨体だ。セバスチャンは一声大きく咆哮すると、空中に炎のブレスを放った。その輻射熱だけでライン宮中伯の顔が熱くなった。

 

「わ、わかった。こんな化け物が相手では一万人いようとかなわない」

「ご理解いただきまして幸甚です」

 

「だが、味方とすればこんなに頼もしいものはない。私は貴公の庇護を受けることに決めた。近隣の地方領主どもの意向も私が責任を持ってとりまとめよう」

 

 ──さすがに機を見るに敏だな。決断が速い。

 

「ありがとうございます。お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたします」

 

 ライン宮中伯はフェルディナントの慇懃な対応ぶりにかえって不気味なものを感じていた。

 

 ──これは怒らせたらたいへんなことになる。とにかく誠意を持って対応するに限る。

 

 ライン宮中伯のこれまでの経験から来る勘がそう告げていた。数週間後、ライン諸侯からフェルディナントに庇護を求める書簡が送られてきた。


 次の目標のルクセンブルク伯だが、あまり芯の強いタイプではないらしい。教会勢力に加え、ライン諸侯もフェルディナントの軍門に下ったことは知っているだろう。

 

 ──とりあえず書簡でも送って脅かしてみるか。


「教会勢力に加え、ライン諸侯も我が軍門に下り、もはや勝負は決した。このうえは、そちらがどうしてもといって頭を下げてくるのなら、我が軍門に入れてやらないでもない」といった高飛車なトーンの書簡をルクセンブルク伯に送った。だが、数週間たっても音沙汰がない。

 

 ──まったく優柔不断なやつだな。手間をかけさせる。

 

 フェルディナントは竜娘たちを連れてルクセンブルク伯の城まで転移魔法で移動すると、ノイミュンスターでも使った手を使う。

 

「竜娘たち。竜に変化して城の上を飛び回れ。咆哮してやつらを恐怖のどん底に叩たたきこむのだ!」

「了解!」

 

 竜娘たちは竜に変化すると、それぞれに城の上を飛び回り、雷のように激しく咆哮した。その声が城に木霊している。フェルディナントはダメ押しに、城の尖塔に雷霆を数発落とした。本物の雷鳴が城に轟き、尖塔の先端が崩れ落ちる。竜が飛び交い、雷鳴が轟くその様は、まるでこの世の終わりのようでもある。


 ──これでちょっとは効果があるかな?

 

 案の定、数日後にはルクセンブルク伯からフェルディナントに庇護を求める書簡が送られてきた。これでもかというほどに謝罪の文面がつづられている。

 

 ──ちょっと薬が効きすぎたかな……。

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