第10話-2

 一度、ベアトリスとともにナンツィヒに戻ると、下ロタリンギアの大司教らに先触れの連絡を出し、お忍びで会見したい旨を申し入れた。もちろんマインツ大司教の推薦があることも申し添えてだ。

 

 まずは、最も権威のあるケルンの大司教からである。使者がいなければ転移魔法で行けば簡単なのだが、いるといないとでは重みが違う。ここは我慢するしかない。

 

 馬車にはミカエルとマグダレーネことアスタロトが同行する。馬車の外には火竜のセバスチャンが執事の格好で騎馬して従っている。

 お忍びで目立ちたくないので、馬車は目立たないものにしてある。大司教の使者の立派な馬車を先頭に押し立てているので、教会の一行のように見えるだろう。

 

 警備には教会所属の騎士が数名いるが、このほかにアスタロト配下の悪魔を一〇名ほど人に見えないように隠形させて従えている。

 

 馬車の中ではフェルディナントの左右からミカエルとアスタロトがひっついたまま一言も話さない。気まずい雰囲気だが、この場を打破できるような会話術をフェルディナントは持ち合わせていない。

 

 ずいぶんと時間がたってから、アスタロトが嫌味たらしくボソリと言った。

「このようなまねをして、神とやらは怒らぬのか?」

 

 ミカエルはソッポを向きながら答える。

「神は全てを見通しておられる。神が望まぬならば、そもそもこのような展開には及ばぬはずだ」

「ふーん」と、アスタロトは興味なさそうに相槌を打った。

 

 結局、馬車の中での会話はそれだけだった。


 やがてケルンの司教座に着いた。大司教との会見の場にはマインツと同じく聖堂内を選んだ。

 フェルディナントの傍らにはアスタロトが控えている。大司教はアスタロトの妖艶な美しさに目を惹かれたようだ。数舜後、我に返ったようなのでフェルディナントは話を始める。


「大司教。本日は会見に応じていただき誠にありがとうございます」

「其方がモゼル公か? 若いな」


「恐縮です。ところでマインツ大司教のご使者の方からも話があったはずですが、こちらがマインツ大司教からの親書でございます。目を通していただけますでしょうか」

「うむ」

 

 ケルン大司教は親書を受け取ると目を通した。

 

「内容は理解した。しかし、大天使ミカエルの加護などという途方もない話。にわかには信じられぬ。マインツ大司教は其方の側妃の父なのであろう。であれば、話が盛ってあっても不思議ではない」

「親書に書いてあることは全て真実でございます」


「バカな! 実際に大天使ミカエルが降臨したなどたわけたことを」

「では、ミヒャエル様にご降臨いただきましょう」

「何っ!?」


 フェルディナントが聖堂内にあるミカエルの像に祈りを捧げると、像が実体化し、ミカエルの姿となった。その背からは眩後光を放っている。ケルン大司教の反応は気丈だった。ひざまずいて熱心に祈っている。

 

「我は大天使ミカエル。我はかの者に賊徒を討伐するための加護を与えた。なんじら神を信ずる者はかの者を助けよ。これは神のご意思である」

「承知いたしました。身命を賭しまして神のご意思を遂行いたします」と、ケルン大司教はきちんと答えている。


 ミカエルの姿が消えると、ケルン大司教は大きく息を吐いた。相当に緊張していたのだろう。フェルディナントの方を向くと頭を下げこう言った。

 

「其方のことを疑って済まなかった。しかし、其方は一体何者なのだ?」

「ただの敬虔なキリスト教徒ですよ」

「そうか……?」

 

 次のトーリア大司教のもとには、ケルン大司教が自ら同行してくれることになった。それだけ感動が大きかったのであろう。大司教の一行ということで立ち寄る町々で歓待され、目立つことこの上なかった。ただ、フェルディナントの身分がバレることはなかった。目立つ中の方がかえって見つかり難いということかもしれない。

 

 トーリア大司教のところではケルン大司教が熱弁を振るい、ミカエルの出番はなかった。あまり頻繁に降臨させては価値が下がってしまうので、それはそれで助かった。

 

 ヴェルダン、メス、トゥールの三司教であるが、二人の司教がそろって同行することになった。教会としては、手を抜いたとあっては後で何を言われるかわからず、必死なのであろう。三司教は二人の大司教のそろい踏みという前代未聞の出来事に抵抗できるはずもなかった。

 

 最後に、フェルディナントは各教会に多額の寄付をすることを忘れなかった。ミカエルの神通力がいつまで効くかもわからないし、こういう現世利益的なことも重要だからだ。

 

 これで下ロタリンギアのキリスト教領地は全てフェルディナントの庇護下に入ることになった。

 

 ──さて、この次の一手はどうするかな?


 下ロタリンギアの教会勢力がフェルディナントの庇護下に入った今、攻略すべき大物はブラバント公、ルクセンブルク伯とライン宮中伯である。

 

 ──さて、どこから攻略したものか?

 

 ライン宮中伯は、以前フェルディナントが戦ったこともあるハインリヒ・フォン・ヴェルフェンで、前皇帝オットーⅣ世の兄である。弟が皇帝に選ばれた際は、ライン諸侯の意向のとりまとめに奔走し、今でもライン諸侯に対する影響力は健在である。

 

 弟のオットーは今上皇帝との争いに敗れ失意の中で死んでいったが、兄は弟を見限ることによりしぶとく生き残っている。そういう意味では、実利を重く見るキャラクターと思われ、こちらが示す条件によっては交渉により味方に引き込むことができるのではないか?

 

 ルクセンブルク伯は実力も大きくはなく、ライン宮中伯を説得できればこちらになびいてくる可能性も大きい。

 

 ブラバント公にいたっては、交渉で打開する方法は今のところ思いつかない。

 

 フェルディナントは、副官のレギーナと参謀のアビゴールに、この構想を話して聞かせた。

「交渉によって味方に付けられるのであれば、それ以上の上策はありません」と、レギーナは全面賛成だった。

 

 一方のアビゴールは、「策としては悪くありませんが、面白くありませんな」と、不満を隠さなかった。やはり戦争がやりたくてしょうがないらしい。

 

 ──まあ、それはあとでやらせてやるから

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