第9話-2

 さて、問題は欠席した三名の領主たちだ。三名は、ヴィンツェンツ・フォン・フィンクという小さな町の男爵、アルマント・フォン・ホーフマイスターとアルノー・フォン・ベルネットは中規模の町の子爵だった。

 

 タンバヤ情報部に調査させるとフィンク男爵は極端な臆病者で、暗殺を恐れて出席できなかったらしい。

 

 後の二名は自信家で、籠城すれば暗黒騎士団ドンクレリッターに攻め込まれても耐え忍べると踏んだようだ。確かに城が落とせなければ暗黒騎士団ドンクレリッターの評判は地に落ち、今回苦渋の誓約をさせられた者たちが援軍に回る可能性もある。 また、二人の町は隣り合っており、お互いに連携を取っている節もあった。

 

 フェルディナントは暗黒騎士団ドンクレリッターの半数を率いると、良い機会なので関係のない町も行軍してその姿を見せつけて回った。行軍の先頭には金色ピカに刺繍をした十字の旗を先頭に置いている。ミカエルの加護を得た神聖な騎士団であることを強調するためである。要は、戊辰戦争の時の錦の御旗のようなものだ。

 

 そしていよいよヴィンツェンツ・フォン・フィンク男爵の町が迫ってきた。すると、馬が疾走しっそうして来た。フィンク男爵からの使者だった。

 

「男爵は暗殺を恐れて出席できなかっただけで、モゼル公国に対する叛意など微塵もございません」

 

「しかし、暗殺を恐れるとは私を信用していないということだろう」 

「そ、それは男爵が極端に臆病なだけでして」

 

「とにかく本人に会ってみないことには何も判断できない」

「それだけはどうかご容赦を」

 

「ここまで来て合わずに帰るなどできるはずがなかろう!」

 

 珍しくフェルディナントが怒鳴ると、使者が観念した。

 

「とにかく、その旨は伝えます」と、言って戻って行った。

 

 町についてみると、門が開け放たれており、確かに抵抗の意思がある様子はない。千里眼クレヤボヤンスの魔法で辺りを探ってみるが伏兵もいないようだ。先ほどの使者が出て来て領主の城まで案内するというので付いていく。

 

 領主の間に着くと男爵らしき初老の男はブルブルと震えており、あいさつをしようとしているらしいが、「あ」とか「う」とか言うばかりで言葉にならない。

 するともう少し年若い青年が進み出てきた。

 

「モゼル公。お初にお目にかかります。私は息子のジーメオンと言います。父はこのような状態でして、結婚式に出席することがかないませんでした。どうぞ非礼をお許しください。誓約書はこの場で記入させていただきます」

「そうか。ならば許そう。それにしても男爵はそろそろ引退されてはいかがかな?」

 

「性格はああですが、通常の政務はとても優秀なのです」

 

 ──人それぞれ事情があるということか。

 

「わかった。これ以上立ち入ったことは言わない。今後とも公国に忠誠を尽くしてくれ」

「ははっ」

 

 とりあえずフィンク男爵の件は片付いた。残るは二子爵の町である。

 とりあえずは距離的に近いアルマント・フォン・ホーフマイスター子爵の町へ向かう。


 挟撃に備えセイレーンたちに指示を出す。

「マルグリート。君たちと配下の鳥たちで上空からベルネット子爵の町に動きがないか探ってくれ」

「わかったわ」

 

 ホーフマイスター子爵の町へ着くと門が固く閉ざされ、外壁の上には弓兵が既に配置されている。徹底抗戦するつもりのようだ。

 

「アビゴール。どうする?」

「とりあえず大砲の五・六発も打ち込んで様子を見てはどうです?」

 

 ──おまえ軍略家だろう。なんか適当じゃない?

 

 まあいい。あまり人は殺したくないからホルシュタインの時のように少しずつ脅しをかけていくか。

 

「砲兵隊。城門と城内に砲弾を五・六発お見舞いしてやれ。撃てファイエル!」

 

 カノン砲の砲弾は激しい爆発音とともに簡単に城門を破壊した。また、榴弾砲の砲弾は上空から城内の建物に命中し、建物は半壊した。爆発に巻き込まれた兵たちの悲鳴があちこちで聞こえる。

 

「何だあの武器は? あれが神に賜ったという武器か?」

 城内の兵は当惑している。

 

「アビゴール。城門が空いたから、城内へ突撃することもできるがどうする?」

「ここは敵が場外に打って出るところを狙い撃ちにした方がいいでしょう。城内には大砲を打ち込んで敵を追い込みましょう」

 

 ──なんだか軍略家らしいじゃないか。

 

「打って出る敵を狙い撃てるように体型を組め! 砲兵隊は榴弾砲で上空から砲撃だ。撃てファイエル!」

 

 砲撃は続き、城内の建物が次々と倒壊していく。ついに、鬨の声とともに敵が城外に打って出てくる。しかし、城外に出た者から順次狙い撃たれ、死傷者が城門前に次々と積み重なっていく。それでも打って出る敵の流れは止まらない。

 

 ──バカな。全滅させるつもりか?

 

 フェルディナントは、フリージアの魔法を発動すると城門を分厚い氷でふさいだ。

 その時、見張りをしていたマルグリートがやって来た。

 

「ベルネット子爵の軍隊が町から出撃したわ」

「わかった」

 

 ──これをあてにして、自分たちがおとりになっていたということか?

 

「ペガサス騎兵、魔導士団と竜娘たちはベルネット子爵の軍を迎え撃ってくれ。頼むぞ」

「了解しました」

 

 ペガサス騎兵らは早速空中に飛び立っていく。ベルネット子爵の軍隊の方は、ペガサス騎兵の炸裂弾と魔道部隊の火や氷の矢の雨にさらされ、最後に竜たちのブレスによって散々に叩かれると、早々に城内に逃げ帰ってしまった。

 

 マルグリートがフェルディナントに報告する。

 

「ベルネット子爵の軍は城内に撤退したわ」

「よし」

 

 フェルディナントは、風魔法に載せて自らの声を城内に届ける。

 

「ベルネット子爵の軍は我が軍が撃退した。もう援軍はこないぞ。降伏するのならば一時間だけ待ってやる。それまでに結論をだせ」

 

 そろそろ一時間。降伏はないのかとあきらめかけた時、城から白旗が上がった。降伏の合図だ。

 

「兵たちは武装解除して城外に出てこい!」

 

 武装解除した兵が次々と城外に出てくる。暗黒騎士団ドンクレリッターの兵はこれを次々と拘束していく。中から指揮官らしき男が出てきた。

 

「ホーフマイスター子爵はどこだ?」

「まだ、執務室におられる」

 

「案内しろ」

「わかった」

 

 子爵の執務室に入ると、子爵は短刀で自らの頸動脈を切って自害していた。

 

 ──ちっ。降伏すれば助けてやったものを。

 

 これだから変にプライド高い者はダメなのだ。自分のプライドのために一般兵を犠牲にするんじゃない!

 一方のベルネット子爵は、ホーフマイスター子爵が自害したと知ると素直に降伏してきた。

 

 これで一とおりのかたが付いた形だ。最後に少し後味が悪かったが。


 フェルディナントは、ホルシュタインのときのように領主の交代は行わなかった。もちろんホーフマイスター・ベルネット両子爵の領地を除いてだが。領主の交代は、各人の忠誠や統治能力など今後の働きを見せてもらってから考えさせてもらおう。

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