第8話-2

「砲兵隊、城門前の敵を狙え。撃てファイエル!」


 砲弾が炸裂し、敵は一掃された。直撃を受けた者は悲惨な姿で倒れ、敵陣は左右に分断された。


「ダークナイトと悪魔軍団、敵右翼を抑えろ。残りは左翼を攻撃せよ。突撃!」


 多数の砲弾が城門前の敵を襲う。あちこちで大爆発がおき、敵がみるみる吹き飛ばされていく。直撃を受け体がバラバラに吹き飛ぶ者、手足をもがれ絶叫する者もいる。まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だ。これにより城門前の敵が一掃され、敵は左右に分断された。

 

「ダークナイトと悪魔軍団は敵右翼を抑えろ。残りは敵左翼を集中的に攻撃する。突撃ルゥ-シャングリフ!」

 様子を見ていた城内の味方も、これに呼応して打って出てきた。この段階で敵のおよそ半数は武器を置き、逃走している。残りは二千と少し。

 

 ──やはり敵指揮官をやらないと崩せないな。


 フェルディナントは、聖剣クラウ・ソラスを手に取り、空中に投げ上げた。

「行け、クラウ・ソラス。敵指揮官を討て!」


 光の聖剣、クラウ・ソラスは宙を飛び、敵指揮官を次々と打ち取っていく。指揮官を討たれ。抑えがなくなると敵は散りぢりになって逃亡していく。これで決着はついた。

 

「追撃はしなくて良いのですか?」と、副官のレギーナが確認する。

「いちおう同胞だからな。殺すのは少ないに越したことはない」とフェルディナントは静かに答えた。


「しかし、敗残兵を集めて逆襲してくるおそれもありますが……」

「そのような輩にやられる暗黒騎士団ドンクレリッターではない」とフェルディナントの声には確信が満ちていた。

「それもそうですね」

 

 そこに、モゼル公が護衛を引き連れてやってきた。

「ホルシュタイン伯。この度のご助成。かたじけない」

「陛下のご命令です。陛下の御心に感謝されることですな」

 

 そこにヘルミーネがやってきた。

「お父様!」


 モゼル公は突然の出来事に、目を見開いてしばし絶句した。

 

「ヘルミーネ……なのか?」


 ヘルミーネは父の胸に飛び込むと、二人は抱き合って再会を喜んでいる。

 

「おまえ。連絡も寄こさずに、今まで一体何を?」

「フェルディナント様とずっと一緒に……」と、ヘルミーネは恥ずかしそうに言った。

 

「ホルシュタイン伯。重ねがさねの恩。かたじけない」

「私など何もしていませんよ。むしろお世話になっているのはこちらの方です」

「そう言っていただけるとありがたい」

 

 その夜。敵の逆襲を警戒しつつ、ささやかな祝勝の宴が開かれた。宴の後、モゼル公夫妻とヘルミーネは深夜まで何やら話し合っていた。


 フェルディナントは、ベリアルとアスモデウスを呼ぶと命令を下す。

 

「例の任務だ。頼んだぞ」

「御意」

 

 そこに呼びもしないのにマグダレーネことアスタロトがやって来た。アスタロトの傍らには執事然とした初老の男が控えている。アスタロトが乗っている古代龍の火竜が人間の姿に変化したものである。

 

「今回は私の出番はぜんぜんなかったねえ」

 

 アスタロトは、頼みもしないのに自主的にフェルディナントの警護役を買って出ていた。フェルディナント自身は自分に警護など不要だと思っているのだが。あるいはアスタロトは、フェルディナントと一緒にいたいだけなのかもしれない。

 

「だから私に警護役など不用だと言っているだろう」

「いくら強いといっても人間は人間だからね。いつか役にたつこともあるさ」 

「好きにしろ」


「ところで、こいつに名前を付けてほしいんだ。名前がないとやっぱり不便でね」

 

 火竜のことを言っているらしい。今まで名無しとはひどくないか? ここはあの一択しかないだろう。

 

「セバスチャンだな」

「……だとさ。セバスチャン。よかったな」

「ありがとうございます」


 初老の姿のセバスチャンは、深く礼をした。

 

「こいつは歳をとっているだけあって、いろいろと器用だからさ。こき使ってやってくれよ」

「わかった。そうさせてもらう」


 朝日が昇ると、破壊されたはずの城がまるで一夜にして蘇ったかのように修復されていた。モゼル公は、奇跡が起きたとばかりに驚いている。

 

「これは一体どういうことだ!」

「モゼル公国は神の加護を受けているのです。きっと神の奇跡ですよ」

「そ、そうか?」

 

 これは、フェルディナントがベリアルとアスモデウスに命じて修復させたのだ。神の奇跡と見えるものが実は悪魔の仕業とは誰も思うまい。

 

「ところでホルシュタイン伯。重ねがさねすまないが、貴殿に頼みがあるのだ。わしの部屋まで来てくれぬか?」

「それはかまいませんが」

 

 モゼル公の部屋へ行くと、モゼル公の妻とヘルミーネが控えていた。

 

 ──どういうことだ?

 

「実は、貴公にヘルミーネと結婚してほしいのだ」

「確かに。知らなかったこととはいえヘルミーネを愛妾扱いしたことはお詫びいたします」

 

(ん? 待てよ。ヘルミーネは公爵家の一人娘だ。格上で一人娘と結婚ということは婿養子に入れということか)

 フェルディナントは次男だし、ツェーリンゲンの名前にこだわりはないが……。

 

「フェルディナント様。お願い……」と、ヘルミーネがいつになくしおらしい。

「それともう1つ。わしはこの結婚を契機に引退する。今回の失態もわしのふがいなさゆえだ。この際、若くて強い君主にこの国を託そうと思う」

 

(それって、俺のことだよな……?)

 

 ずいぶんと重たい話で逡巡してしまうが、だからといって断れるのか? いや無理だ。

 今までのヘルミーネとの積み重ねを無碍にして蹴り飛ばすことなど不可能だ。

 

 ──ここは覚悟を決めるか……。

 

「承知いたしました。これからどうぞよろしくお願いいたします。義父上様」

「ありがとう。フェルディナント様!」

 

 ヘルミーネが勢いよく抱きついてきた。彼女が自分からキスをしてきたのでこれを受け入れる。この様子をモゼル公の夫妻が微笑ましく見守っていた。


 話が決まってから、地方領主連合軍の逆襲に備えて第六騎士団をモゼル公国に残し、副官のレギーナのみを伴ってアウクスブルクへ戻った。

 まずフェルディナントは、真っ先に正妻のロスヴィータのところへ向かった。ロスヴィータの方が先に口を開いた。

 

「あなた。わかっていますわ。ヘルミーネさんと結婚するのでしょう?」

 

 ──女の勘とは鋭いものだな。

 

「ああ。ヘルミーネの方が格上だ。君には正妻の座を降りてもらうことになる。すまない」

「夫の出世のためですもの、私は喜んで受け入れますわ。それに、側妃になったからといって、あなたの愛は変わらないのでしょう?」

「もちろんだ」

 

 ロスヴィータの目が潤んでいてなんだか色っぽい。フェルディナントは我慢できずロスヴィータを抱きしめた。そして……。


 フェルディナントは皇帝のもとへと向かう。さすがにモゼル公国とホルシュタイン伯国の二国の君主と第六騎士団長三つの掛け持ちは不可能だ。ここは第六騎士団長の地位を辞するしかない。

 

「陛下。ご報告とお願いがございます」

「報告の方はもう知っておる。モゼル公の養子になるのであろう」

「はい。恐れ入ります」

 

「で、願いとは何だ?」

「この機会に第六騎士団長を辞したく存じます。なにとぞお聞き届けくださいますようお願い申し上げます」

 

「ダメだと言ったらどうする?」

「それはどうかご容赦ください」

 

「確かに三つの掛け持ちは無理だな。わかった。許そう。それで辞した後はどうする?」

「しばらくはナンツィヒに腰を落ち着けて、国を立て直すつもりです」

「そうだな。それがよかろう」

 

 皇帝の口元がニヤリとしている。フェルディナントがアウクスブルクを離れ、ヴィオランテと離ればなれになることがうれしいのであろう。フェルディナントは、結婚した後もヴィオランテと頻繁に会っていたし、そのことを妻たちにも隠していなかった。

 

 皇帝の部屋を出ると、外でヴィオランテが待ち構えていた。ヴィオランテとの別離は、二人にとって辛いものだった。

「行ってしまわれるのですね」

 

 大概のことには泰然としている彼女も、今回のことは少し堪えているようだ。

 

「ああ。今までのように頻繁には会えなくなるが、時間を見つけて会いにくるようにするよ」

 

 ヴィオランテはフェルディナントにそっと抱きついてきた。それを優しく抱きとめる。

 

「信じていますわ」

「ああ……」

 

 ヴィオランテ・フォン・ホーエンシュタウフェンは、地球からの転生者であった。フェルディナントも同様であり、二人は生前、夫婦の関係にあった。

 そして、一五歳となったとき、アウクスブルグの学校で偶然に再会した。フェルディナントはヴィオランテとの結婚を決意する。しかし、ヴィオランテは大公の庶子ではあったが認知された立派な姫であり、伯爵以上の上位貴族にならないと結婚はできない。

 そこで、フェルディナントは上の地位を目指すべく軍人となったのだった。

 

 結果、ホルシュタイン伯という伯爵位になり、さらにヘルミーネとの結婚により公爵にまでなったが、皇帝フリードリヒⅡ世の心を動かすまでには至っていない。

 

 結果として、第六騎士団は解散となった。ダークナイト、天使軍団と悪魔軍団がフェルディナントに付いていったのは当然であるが、人間の団員も全員がフェルディナントに付いていくことを選んだからだ。だが、第六騎士団が誕生する前の五騎士団体制に戻ったといえば、それまでである。

 

 近衛騎士団長のコンラディン・フォン・チェルハは呟いた。

 

「これでアウクスブルクも寂しくなるな。だが、神聖帝国としては、まだまだ面白くなりそうだ」

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