第7話-2
フェルディナントは、一刻も早く得た知識を試してみたくて地上への帰還を急いだ。肉体へと戻ると、アウクスブルク郊外の人里離れた荒野に転移した。
念のため闇精霊オスクリタを伴い、悪魔召喚の儀式を開始する。
「主様。何をするの?」
「悪魔を召喚し、使役するのだ」
「それは、かつてのソロモン王のみが成し得た業……まさか主様」
「ああ。展開で天使ラジエルの書から学んだ」
「さすがは主様」
ソロモン王が使役していた七二の悪魔の有名どころは、ベルゼブブ、ベリアル、アスモデウス、バエル、レビアタンなど大物ぞろいだ。
まずは、筆頭格のベルゼブブを召喚してみる。地獄において、権力と邪悪さでサタンに次ぐと言われ、実力ではサタンを凌ぐとも言われる魔王である。また、
召喚陣が現れ、黒い霧が渦巻く中、巨大な蠅の姿をしたベルゼブブが現れる。
「我を呼び出したのは、誰か?」
ベルゼブブは不機嫌そうに問いかけるが、フェルディナントを見て驚愕する。
「ソロモンか!」
そう言うなり絶句している。
どういうことだ? フェルディナントは解せない。
ベルゼブブは、懐かし気に語りかける。
「ソロモン。転生しておったのか?」
「私はフェルディナントだ。そのような名前ではない」
「いや。その姿形といい、魂の波動といい、ソロモンに間違いない。そういえば、人族は転生すると前世の記憶を失うのであったな」
「私の何世代か前の前世が、ソロモン王だというのか?」
「ああ。でなければ我を召喚できるはずがない」
にわかには信じ難い話ではあるが、ベルゼブブの言うことにも一理ある。しかし、フェルディナントに前世より前の記憶がない以上、確かめようがない。
「それに、そこにいるのはオプスクーリタスか?」
「今の名前はオスクリタよ」
「なんと。闇の上位精霊まで眷属にしておるのか!」
「まあな。それよりも、『また』といってよいのかわからぬが、私の僕となって働いてもらいたい」
「いやだと言っても、また無理やり従わせるのだろう。是非もない」
言っている言葉の割には、機嫌が悪そうでもない。
「そう言ってもらえると助かる。まずはホルシュタイン領のアイダー運河づくりを手伝ってもらいたいのだが」
「それならばベリアルが適任だろう。あいつはさまざまな労働に使われておったからな」
「わかった」
そう言うと、フェルディナントはベリアルを召喚する。
召喚陣があらわれ黒い霧が渦巻くと、燃え上がる戦車に乗り、美しい天使の姿をした悪魔が姿をあらわした。
ベリアルは、堕天した力天使で、人間を裏切りと無謀と嘘に導く者、ルシファーの次に作られた天使ともいわれる。彼の配下には五二万二千二百八〇人の悪魔がいる。ベリアルも召喚されるなり驚いた。
「おまえは……ソロモン!」
──もういいや。面倒くさい。
「そうだ。私は転生して蘇ったのだ。また、私のために働いてもらうぞ」
「くっ。仕方がない」
「きさまにはアイダー運河の建設を手伝ってもらう。いいな!」
「承知した」
その日以来、夜になると謎の人影が現れ、運河の工事を手伝ってくれるようになった。これによってアイダー運河の工事は一気に
次も有名どころでアスモデウスを召喚してみよう。
召喚陣があらわれ黒い霧が渦巻くと、ドラゴンに乗り、牡牛と人間と牡羊の三つの顔を持ち、雄鶏の足に蛇の尾をもった王様の姿の悪魔があらわれた。地獄の王たちの中でも上位階級に属し、七二の軍団を統率しているともいわれる有力者である。アスモデウスも反応は同じだった。
「なんと。ソロモンではないか!」
「ああ。久しぶりだな」
「またこき使うつもりか?」
「きさまには私の領主館でも立ててもらおうか」
「しょうがない。引き受けた」
フェルディナントには、以前から召喚してみたい悪魔がいた。アビゴールと呼ばれる悪魔だ。アビゴールは、戦況の行く末や敵の兵員の移動先を見通し、助言してくれる悪魔である。軍人であれば、この上もない味方である。また、地獄の公爵で配下に六〇の軍団を率いている。
アビゴールを召喚すると、召喚陣があらわれ黒い霧が渦巻くと、槍と軍旗と笏を持った立派な騎士の姿をした悪魔があらわれた。
「きさまがアビゴールか?」
「いかにも。おまえはソロモンの生まれ変わりだな」
「そうだ。きさまには私の騎士団の参謀をやってもらいたい」
「断るのは無理なようだな。それに戦争をやらせてもらえるのなら、喜んで引き受けよう」
「それは頼もしい」
そこで終わりにしようと思ったところで、勝手に召喚陣があらわれ、黒い霧が渦巻くと女悪魔が現れた。ドラゴンに跨り、右手に毒蛇を握りしめ、三日月の角を持った美しい女神の姿をしている。
「おまえは誰だ? 私は召喚していないぞ」
「此方はアスタロト」
アスタロトは、怠惰と不精を推奨する悪魔であり、珍しく女性である。四〇の軍団を指揮する地獄の大公爵で西方を支配する者とも称される。
「それが何をしに来た?」
「面白そうなことをやっているから、見にきたのさ……なんて言っても信じないだろうね。いい男の匂いがしたから、来てみたのさ」
アスタロトは美しかった、油断するとつい見とれてしまいそうになる。
「愛妾ならば間に合っている」
「そう言わずにさぁ」。必ずあんたの役に立つから……ね」
アスタロトは、甘い猫なで声で囁きながら、フェルディナントにしなだれかかってくる。口からは毒の息を吐くはずなのだが、それもなく、女のいい匂いがして頭がくらくらする。
「勝手にしろ!」
「そうこなくっちゃ」
その横で、オスクリタが不満そうに呟いた。
「また、ライバルが増えた……」
結局、屋敷に愛妾的ポジジョンの女性がまた一人増えたのだった。
さすがにそれ以上の悪魔はやってこなかったので、フェルディナントはオスクリタを連れて屋敷に戻った。
その翌日、夜は1人で寝ることにしていた。妻や愛妾が増えてしまったが、さすがに毎日では体が持たないので、何日かに一度は休みを入れていたのだ。
フェルディナントが床に入って寝入ろうとしていたとき、気配がしたので目を開けてみた。
「ミカエル様! どうして?」
「おぬしが約束を守らぬから、我自ら来てやったぞ」
フェルディナントは困惑した。約束はしたが、昨日の今日ではないか。毎日会うとは、一言も言っていない。
「それでな。おぬしは約束を守ってくれそうにないから、ここでやっかいになることにした。よいな」
「そんな! 熾天使としてのお仕事はどうするのですか?」
「我ほどの者になると、神と同様にアバターを飛ばせるのじゃ。だから問題ない」
「はあ。そうですか……」
「ここにいて、どうされるのですか?」
「愛妾とやらにしてくれればよい」
「愛妾の意味、わかってます?」
「愛してもらえるのじゃろ」
フェルディナントはため息をついた。ミカエルは愛妾の意味を理解しているのだろうか?
「とりあえず了解しました」
──あとは、少しずつ教えていけばいいだろう。
そこで、部屋の暗がりに男がひっそりと立っているのに気がついた。
「ガブリエルまで! なぜ、ここに?」
「ミカエル様を一人で地上になど置いておけるはずがなかろう」
──まあ。それもそうだな。
フェルディナントは苦笑いした。ガブリエルはミカエルの従者として屋敷に留まることになった。
翌日、屋敷はさらに騒がしくなった。
おととい妖艶な美女がやって来たと思ったら、翌日にこれまた超絶美女の登場である。
ベアトリスが怒り心頭に発していた。
「フェルディナント様。これは、一体どういうことですか!?」
「ミヒャエルは重要な取引先の商家の娘でな。断り切れなかったのだ。だから、従者もついて来ているだろう」
「そこは男らしく断ってくださいよー」
ベアトリスがフェルディナントの肩を激しく揺する。
「マグダレーネさんはどうなのですか?」
さすがに悪魔の名前は使えないので、アスタロトはマグダレーネという名前にしていた。
「マグダレーネは遠い親戚でな。最近身内がはやり病で皆なくなってしまったので、私を頼ってきたのだ」
「だったら、別に愛妾である必要はないじゃないですか」
「いや、それはだな……親戚をメイドという訳には……」
そこで最古参の愛妾であるグレーテルが助け舟を出してくれた。
「まあまあ皆さん。フェルディナント様は放っておいても女が寄ってくる体質なのです。こんなことでいちいち動揺していてはフェルディナント様の妻や愛妾はやっていられませんよ」
「それはまあ、わかるけど……」
そこでなんとなく収まってくれた。
──それにしてもどこまで続くんだ。この女人地獄は?
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