第7話 新生第六騎士団

 天界の高みから、熾天使セラフガブリエルは眉をひそめ、憂いを帯びた瞳でミカエルを見つめていた。

 ミカエルの心は、遥か下界のフェルディナントの動向に囚われている。


「ガブリエル、どうすれば良いのか? あやつが、人間の娘と結婚してしまったぞ」

「お気になされますな。たかだか人間ふぜいの結婚など、我々にとっては些細なことです」

 

 しかし、ガブリエルの言葉は、ミカエルの耳には届かない。彼女は、まるで魂を抜かれたかのように、遠くを見つめていた。


「ミカエル様、ご自身を取り戻してください!」

 ガブリエルは、必死に呼びかける。

 

 ミカエルは、フライブルグを氷竜の襲撃、ハイデルベルクの薔薇十字団ローゼンクロイツァーの占領などから町を救った際、フェルディナントを見守り、時には姿を現して彼を励ましていた。そして、いつしか、ミカエルはフェルディナントをただの戦士としてではなく、一人の男として見るようになっていた。






「パール、この肉体を守ってくれ」

「御意、主よ」


 フェルディナントは、黒豹の従魔ニグルパールに肉体を託し、幽体離脱して天界へと旅立った。


 その様子を天界から見ていたミカエルは、不安に駆られていた。

 

「ガブリエル、どうすればいい?  あやつが来る!」

「人間などに動じることはありません。我々の威厳を保てばそれでいいのです」


 フェルディナントが現れると、ミカエルは動揺を隠せなかった。

「ミカエル様、もしかして、お待ちでしたか?」

「いや、そのようなはずなかろう。何用だ?」


「実は、天使ラジエルの書を拝見したくて」

「それは可能だが、条件がある」


「条件とは?」

「また、私に会いに来てくれるか?」


「それならば、喜んで」

「それは幸いだ」


 ガブリエルが割り込んできた。

「ミカエル様、ラジエルの書は天界の至宝。このような者には見せられません!」

「閲覧するだけだ。減るものではない」


「しかし……」

 ガブリエルは、恋に盲目になるとはこのことかと思った。


「全知全能の神はすべてをご存じ。問題はない」


ミカエルが命じると、ラジエルが現れた。

「ラジエルの書を見せてやってくれ」


ラジエルは渋々書を取り出した。サファイアでできたという伝説とは異なり、羊皮紙の古文書だった。しかし、その中には創造の秘密が詰まっている。


フェルディナントが書に触れた瞬間、知識が頭に流れ込んだ。書物は概要に過ぎず、本当の知識は触れた瞬間に得られたものだった。


「どうした?」

「感動していました。では、拝見します」


フェルディナントは速読で書を読み進めた。ミカエルは驚いた。

「本当に読んでいるのか?」


「いえ、斜め読みです」

嘘だった。フェルディナントは完璧に記憶していた。


「ありがとうございます。これは忘れられない思い出です」

フェルディナントは書を返した。


「人間に天使語が理解できるはずがない」

ラジエルは見下したが、フェルディナントはすでに理解していた。


「雰囲気を味わいました」

フェルディナントはふりをした。


「人間の見栄はつまらないものだ」

ラジエルは疑わなかった。


「恐縮です」


ミカエルが声をかけた。

「どうだった?」

「満足しました。ありがとうございます」


「約束を忘れるな」

「承知しました」

```


**趣旨の説明:**


この改善案では、フェルディナントとミカエルの関係性を深め、天界の神秘と人間界の好奇心を対比させています。また、ラジエルの書の神秘性とフェルディナントの知識への渇望を強調し、読者が物語の世界に没入できるようにしています。登場人物の感情の揺れ動きや、天界と人間界の狭間で繰り広げられるドラマを通じて、読者に強い印象を残すことを意図しています。さらに、フェルディナントの知識への探求心と、天使語を理解する能力を暗示することで、彼のキャラクターの深みを増しています。


 フェルディナントは、ダークナイトを暗黒騎士団ドンクレリッターに加えたとき、引き合いに出したソロモン王の伝説に心を奪われていた。

 

 王が使役したとされる七十二の悪魔の力。その源泉は、ソロモン王の指輪にあるという説が有力だが、天使ラジエルの書で学んだという異説もある。

 この書は、創造の秘密を記した神聖なる文献であり、アダムからエノク、ノアを経てソロモン王の手に渡ったとされる。


 実は、その写本とされるものが現存してはいるのだが、実に胡散臭い。フェルディナントは、その真実をこの目で見たいと切望していた。

 

「ミカエルに頼めば、真実を見せてくれるだろうか?」


 熾天使ミカエルは、かつて、冒険でフライブルグを救った際など、折に触れて姿を見せて激励してくれた。彼女ならば、天界の秘密を開示してくれるかもしれない。

 

 思い立ったフェルディナントは、黒豹の従魔ニグルパールに肉体を託し、幽体離脱して天界へと旅立った。

 

『パール。肉体の見張りを頼むぞ』

御意ぎょい、主よ』





 その頃、天界では、ミカエルが不安に駆られていた。

「ガブリエル。どうすればいいのか? あやつがやってくる!」

「人族ごときに慌ててどうします。いつもどおりの威厳を示せばいいのです」

「そ、それもそうだな……」


 やがてフェルディナントが現れると、ミカエルは動揺を隠せなかった。

「これはミカエル様。もしかして待っていてくださったのですか?」

「そ、そのようははずなかろう。其方から会いにくるとは何用か?」

 

「実は、ミカエル様にお願いがございす。天使ラジエルの書を閲覧させていただけないでしょうか?」

「それはやぶさかではないが、条件がある」


「条件とは?」

「また、私へ会いに来てくれぬか?」


「それならば、喜んで」

「それは重畳」

 

 そこにガブリエルが割り込んできた。

「ミカエル様。天使ラジエルの書はこの上ない天界至宝。このような得体のしれない輩に見せるなど、もってのほかです!」

「渡しはせぬ。閲覧だけだ。別に減るものでもなかろう」


「しかし……」

 

 恋は盲目というが、まさにそれだな、とガブリエルは思った。これは手の施しようがない。

 それに、全知全能の神はすべてをご存じのはず。本当に神が望まないならば、このような展開にはならない。


 ――神は、何を考えておられるのか?

 

「天使ラジエルよ。これに!」と、ミカエルが命ずると、すぐにラジエルが現れた。

 

「ご苦労。そこな人族に、ラジエルの書を見せてやってくれ」

「えっ。ラジエルの書を!?  しかし、あれは天界至宝で」


「閲覧させよと言っておる。我の命令が聞けぬのか?」と、ミカエルは語気を強めた。

「ははっ。承知いたしました」

 

 ラジエルは渋々とラジエルの書を取り出した。サファイアでできているなどという伝説もあったが、実際は羊皮紙のようなものでできた古い書物だった。思ったほど厚さもない。これに天地創造の秘密が全て詰まっているとはにわかには信じられない。しかし、書物からは何か神秘的な力を感じることは事実だ。

 

 フェルディナントが差し出されたラジエルの書に触れた瞬間、目が眩むような感覚に襲われた。膨大な知識がフェルディナントの頭の中に流れ込んでくる。だが、それも一瞬のことだったらしい。


 不自然さを感じ取ったミカエルが訪ねる。

「どうした?」

 

「あまりの感動に浸っておりました。では拝見いたします」とフェルディナントは、とっさにごまかした。

 

 素知らぬふりで、受け取ったラジエルの書を速読していく。

 

 あまりの速さにミカエルは言った。

「其方本当にその速さで読んでいるのか?」

「いえ。覚えられるはずはありませんから、どのようなことが書いてあるか斜め読みしているだけです」

 

 それは嘘である。フェルディナントは速読の技術でラジエルの書の中身を完璧に記憶していく。だが、厚くない書物なので程なくして読み終わってしまった。

 それによって分かったことがある。書物へ触れた瞬間に流れ込んできた知識の方がはるかに膨大だということだ。実際に書かれているのは概要に過ぎず、これだけでは悪魔の使役などできない。しかし、さきほど流れ込んできた知識を使えば……。

 

「ありがとうございました。これは忘れられない思い出です」と、礼を言いながらフェルディナントはラジエルの書を返却した。


「ふん。人族に天使語が理解できるはずもなかろう」

 ラジエルは蔑みの目でフェルディナントを見つめる。実は、触れた時に流れ込んだ知識によって、天使語も読むことができていたのであった。

 

「それはもちろんでございます。雰囲気だけ味わわせてもらいました」と、ラジエルの嫌味に対して惚けるフェルディナント。

「人族の見栄というものは、しょうもないものだな」と、ラジエルは何も疑っていない。

「恐縮です」

 

 ミカエルが声をかけてきた。

「どうであった?」

「これでもう十分に満足いたしました。本当にありがとうございます」


「うむ。ならばよい。約束のことを忘れるなよ」

「承知いたしました」

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