第6話-4

 フェルディナントは杖に跨ると飛翔して皆を追いかける。部隊の先頭に出ると眼下に敵艦隊が見えてきた。約束どおりハンザ都市連合艦隊がデンマーク艦隊に対して矢を射かけて攻撃している。

 

「まずは、ペガサス騎兵だ。突撃ルゥ-シャングリフ!」

 

 突然の激しい羽音に両艦隊の兵士は驚き、上空を見上げている。ペガサス騎兵に炸裂弾や矢の雨を喰らったことを知っているデンマーク艦隊の一部兵士は盾を構えて警戒している。

 

「焼夷弾、投下ファーレン!」

 

 ネライダの命令で焼夷弾が次々と投下される。この時代の船は当然木製だからよく燃える。運悪く焼夷剤を被ってしまった敵兵士が火だるまになってのたうち回っている。


「続いて、放てアタッケ!」

 

 ネライダが命令すると、矢の雨がデンマーク艦隊を襲う。敵兵士も矢を打ち返してくるが、重力に逆らっては届かない。逆にこちらの矢は重力によって加速され、威力を増している。

 

「魔道小隊と竜娘も行け。突撃ルゥ-シャングリフ!」

「了解!」

 

 六頭もの竜の突然の来襲に敵兵士は恐怖した。竜たちはそれぞれのブレスで次々と艦船を攻撃していく。魔道小隊による炎の矢も雨あられと敵艦船に降り注ぐ。

 

 茫然とこれを見ていたハンザ都市連合艦隊も我に返り、矢を射かけて攻撃している。

 上空と横からの攻撃にデンマーク艦隊はなす術がなく、一方的に蹂躙されていく。火で焼かれる者、矢で射られる者の悲鳴があちこちに木魂している。


 諦めて水上に逃れる者も多いが、ほとんどがハンザ都市連合艦隊に捕虜にされていく。

 やがて燃え上がる敵艦船にハンザ都市連合艦隊は行く手を阻まれ、追撃ができなくなってしまった。ハンブルクはエルベ川河口から約一〇〇キロメートルほど入った港湾都市である。ここはまだエルベ川であり、広域に艦船を展開できないのである。

 

 フェルディナントは、ハンザ都市連合艦隊を率いるヴィッテンボルクに近づいた。

「連合艦隊の追撃はここまででいい。あとは私にまかせてくれ」

「しかし、敵はまだ半数近く残っていますぞ。これを機に叩けるだけ叩いておかなければ!」

 

「もちろん承知のうえだ。見逃すつもりはない」

「ならばよいのですが」


 ヴィッテンボルクとしては暴れたりないらしい。血の気の多いことだ。


 フェルディナントは、部隊へ戻ると指示を出す。

「ペガサス騎兵は矢も尽きただろうから戻って休んでいろ。魔道小隊と竜娘たちだけ付いてこい」

「僕たちだけで大丈夫なのかな?」と火精霊のフランメが聞いて来る。

「心配するな。海には強い味方がいる」

 

「強い味方って?」

「それはあとのお楽しみだ。敵が海へ出るまでゆっくり追いかける。しばし小休止を取る」

 

 デンマーク艦隊はしばらくの間追撃を警戒していたが、これがないとみて警戒態勢を解いた。そして数時間たち、夕闇が迫ってきた頃……。

 デンマーク艦隊の兵士から歓声があがる。

 

「おい。見ろよ。海だ。海まで出ればこっちのものだぜ」

 しかし、次の瞬間、歓声は静まった。

 

「くそっ。竜だ。まだ追ってくるのか」

 だが、それは終わりの始まりだった。海面が大きく盛り上がると、巨大な触腕が何本もあらわれ、船に巻き付くと海中に沈めていく。

 

「クラーケンだ! クラーケンが出たぞ!」

「何でこんなところに?」

 

 船乗りであればクラーケンの恐ろしさはいやというほど伝承で聞いている。デンマーク艦隊で恐怖しない者はいなかった。残った艦船も竜のブレスと魔法の雨が襲いかかる。運良く海上に逃れた者はスキュラの餌食となっていた。

 

「あんな奇妙な怪物までいるぞ。海にも逃げられない」

「いったいどうすればいいんだ」

 

 実際、デンマーク艦隊はなす術がなかった。小一時間もするとデンマーク艦隊の艦船は全て沈められていた。だが、小舟に乗り換え脱出した者が少数残っている。

 

 フランメが張り切って言った。

「よし。あいつらは僕が……」

「待て。あいつらは見逃す。このありさまを本国に伝えてもらう必要があるからな」

「ちぇっ。わかったよ」

 

 さて、あの大量の死体を有効活用しない手はないな。フェルディナントはデンマーク軍兵士の死体にクリエイトアンデッドの魔法を発動するとダークナイトに作り替えた。これをとりあえず冥界に送還しておく。これだけ仲間が増えればキングダークナイトもさぞ喜ぶだろう。


 フェルディナントたちがハンブルクの町に帰還すると、ささやかながら祝勝の宴が準備されていた。

 市長が声をかけてくる。

「ツェーリンゲン卿。この度は町を取り戻していただき、ありがとうございました。心から感謝いたします。ところで、デンマーク軍の方はどうなったのですか?」

「やつらの艦船はおおかた沈めてやった。これに懲りて二度と襲ってはこないだろう」


 これを聞いて町の人々から歓声があがった。

 あちこちで第六騎士団の兵士に対して「ありがとう」という声が聞こえる。

 

 宴が進み、中年のやや小太りな男がフェルディナントに声をかけてきた。

「フェルディナント卿。わいはベルンハルト・ギルマンいいますねん」

「では、ゴットハルトの父上ですか?」

 

「そうですねん。ゴットハルトはちゃんと役にたっとりますかな?」

「それはもう。今は商工組合総連合会の理事長として獅子奮迅の活躍をしていますよ」

 

「それは良かった。あいつ親に何の連絡もよこさないもので、心配しとったんですわ」

 

 ──この反応。総連合会のすごさを分かっていないな。

 

「男なんてそんなものですよ。でも、近々良い知らせがあると思いますよ」

「ほう。それはどういう?」


「それは私の口からは聞かない方がいいでしょう。楽しみは先にとっておいてください」

「はあ。そうでっか」

 

 フェルディナントは、ゴットハルトとベリンダの結婚が近いと踏んでいた。ゴットハルトは家を出てから全く帰っていないようだから、ベルンハルトの中のゴットハルトは一五歳で時が止まっているに違いない。それが二〇歳に成長した姿で突然に嫁候補を連れて帰ったらさぞ驚くだろう。フェルディナントはそのシーンを想像して思わず心の中でニンマリした。


 ハンブルク奪還の翌日。フェルディナントは、副官のレギーナ・フォン・フライベルクと今後の対応について話し合っていた。


 レギーナが話を切り出した。

「団長。今後の対応ですが、どういたしましょう?  陛下もまさか一日で決着が着くとは思ってもいないでしょうし」

「あれだけ叩いたのだから、あとの守りは連合艦隊に任せて、我々は帰投することもできる。だが、陛下が兵を集めている以上、その活躍の場も作ってやらねば陛下の面目がないだろう」


「陛下の面目まで考えなければならないとはたいへんですね」

「なにせヴィオランテの父上だからな。大事にせねば」


 ──こんなときまでヴィオランテ様ですか……。

 

 レギーナはひそかに眉をしかめた。

 

「では、どうされますか?」

「デンマークが実効支配しているホルシュタイン伯領を攻略しようと思う。帝国軍が来るのを待ちつつゆっくりと攻略する」

 

 ──騎士団一つで? 普通そんなこと考えつきませんよ!

 

 レギーナはフェルディナントの常識を疑った。念のため聞いてみる。

「その北のシュレースヴィヒ公国はどうされます? 同様にデンマークの実効支配下にありますが」

「軍を進めるだけなら可能だろうが、私はそこまで欲張るつもりはない。あまり戦功をあげすぎると恨みを買ってしまうおそれもある。あとは陛下がどう判断されるかだな。帝国軍が攻略するのならば、それも良しだ」


 レギーナは少し安心した。フェルディナントの非常識は際限がないという訳ではなさそうだ。本人なりの判断基準があるのだろう。


 その日。団員たちに今後の対応を伝えると、帰投できなくて残念がると思いきや、逆に大うけだった。

 「さすが団長。凄いこと考えますね。俺も暴れ足りなくて困っていたんですよ」と、フィリップなどはバトルジャンキーなことを言っている。

 

 ──団員たちは確かに強くなったが、血の気が多すぎないか?

 

 しかし、弱いよりはましだと思い直すフェルディナントだった。

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