第6話-5

 フェルディナントはホルシュタイン攻略には時間もあることだし、まずは情報戦に力を入れることにした。相手の戦力を正確に計ることはもちろんだが、こちらの強さをタンバヤ商会情報部やハンザ商人を通じて領内に喧伝し、相手の士気を削ぐのである。

 これにより戦わずして相手が降伏してくれればいうことはない。

 

 その内容は「暗黒騎士団ドンクレリッターには闇の者もいるし、新兵器も使い、とにかく強い。そのうえ、竜やクラーケンを使役する桁外れな従魔士がいる」というものだ。

 あながち誇張ではないし、ダークナイトなどを見せびらかしながら行軍するつもりなので、真実味が増すだろう。


「それでは出発だ。軍威を見せながらゆっくり進むぞ」

 ホルシュタインで押さえるべき大きな町は二つ。中央部にあるノイミュンスターと北東の端にあるキールだ。

 特にキールは貿易の拠点で人口が一番多く、最重要の攻略目標である。のんびりと行軍しているように見えながらも、セイレーンのマルグリート配下の鳥たちに常に周囲を警戒させている。


 途中、砦があれば攻略していくが、小さな砦の場合は戦わずして降伏することも多い。情報戦の効果が出ているようだ。


 現地住民に迷惑のかかる糧食の現地調達は一切しない。そこはタンバヤ商会の兵站がしっかりしているし、フェルディナントが持っているマジックバッグには、予備の糧食がふんだんに入っていた。


 小さな町や村も戦わずして降ってきた。このような町や村でも不埒な行為を働かないよう団員には厳命してある。怒った時のフェルディナントのどSぶりをいやというほど知っている団員たちは、これに一切逆らおうとはしなかった。


 中には歓迎の意を示してごちそうをふるまってくれる町や村もあった。その場合は素直に歓待を受けることにしたが、お礼を返すことも忘れなかった。住民たちは感心していたが、フェルディナントとしては、こんなことで負い目を追いたくなかったのだ。


 そして、ノイミュンスター手前の比較的大きな砦に差しかかった。この砦は降伏する様子がない。指揮官は一戦交えるつもりのようだ。

 

 セイレーンのマルグリートが警告する。

「敵はあの背の高い草むらを隠れ蓑にして後ろに回り込むつもりよ」


 敵指揮官は、砦に籠るのではなく、野戦で奇襲することを選んだようだ。

 

「おいピッコロ。いるか」

 

 フェルディナントがピクシーのピッコロを呼ぶと鳥のような小さな妖精が飛んできた。

 

「いるよー。なんだい。お兄さん?」

「おまえの得意ないたずらでやつらを迷わせてやれ。軍の正面に出て来るように仕向けるんだ」

 

「わかったよ。久しぶりの大掛かりないたずら。楽しみだなー」

「見つかってプチッとつぶされないようにな」

「そんなドジ踏まないよーっ!」

 

 ピッコロは大喜びで敵の方向へ飛んで行った。そして敵の部隊はというと……。

 

「おい。迷ったのか?」

「隊長。すんません。俺たちが地元の縄張りで迷うはずがないんですがね」

 

 道に迷う現象をさかんに不思議がっていた。これぞピクシーレッドである。

 

「おっ。やっと開けた場所に出られそうですぜ」

「バカ。不用意に出るな!」

 

 次の瞬間……。

 

「ひっ!」

 男が草むらを出たところは、ダークナイトが取り囲んでいるど真ん中だった。突然に間近でみる異形の姿に恐怖のあまり叫び声もあげられず、腰が抜けてしまって身動きができない。暖かいものが男の股間を濡らした。

 

「いかん。後退だ!」

 指揮官が命令を出したその時。

 

「炎よ来たれ。火炎の矢ぶすま。レインオブファイア」

 

 フランメが退却路に火の雨を降らせると、あっという間に燃え上がる。季節は秋、草は枯れており、ここ数日の晴天もあってよく燃えた。退路を断たれたデンマークの部隊にダークナイトがにじり寄っていく。敵指揮官の顔を冷や汗が伝った。

 

「くっ。降参だ。白旗を上げろ」

 こうして敵部隊全員が捕虜となった。

 

 続くノイミュンスターの町の攻略であるが、こちらも抵抗の意思を示し、門を固く閉ざしている。外壁の上では多数の弓兵がこちらを狙っている。

 

 ──徐々に脅しをかけていくか。

 

「ネライダ。上から矢の雨をお見舞いしてやれ」

「わかりました。主様」

 

 ペガサス騎兵が一斉に羽ばたくとその音に敵兵士たちは驚愕した。恐怖の目でペガサス騎兵を見上げている。

 

放てアタッケ!」

 

 外壁の上の弓兵を矢の雨が襲う。敵も矢を打ち上げるが重力に逆らっては届くものではない。一方的な攻撃に弓兵は次々と倒れていく。

 

「よし。そのくらいでいい。退け!」

 

 フェルディナントはペガサス騎兵をいったん退かせ。様子を見る。敵に考える時間を与えたのだ。しかし、小一時間もすると外壁の上に弓兵が補充された。まだ戦うつもりのようだ。

 

「ネライダ。今度は炸裂弾を五・六発お見舞いしてやれ」

「わかりました。主様」

 

 再び飛び立ったペガサス騎兵を敵は不安の目で眺めている。

 

「炸裂弾、投下ファーレン!」

 

 ネライダの命令で炸裂弾が投下される。激しい爆発音に兵たちは驚き、驚きのあまり外壁の下に落下した者もいる。投下位置に近かった者は爆風や破片を浴びて血まみれになって助けを求めている。

 

「よし。いったん退け!」

 フェルディナントはペガサス騎兵をいったん退かせると、再び敵に考える時間を与えた。

 

 ──これでどうかな?

 

 だが一時間たっても門を開ける気配はない。外壁の上に盾で身を固めた者が少数上がってきた。見張りなのだろう。弓での攻撃は諦めたようだ。

 

 ──結構強情だな。

 

 どうも敵はこちらが流した噂を信じ切れていないようだ。ダークナイトだけでも常識外れだが、竜を使役するなど確かに信じられないかもしれない。ならば……。

 

「竜娘たち。竜に変化して町の上を飛び回れ。咆哮してやつらを恐怖のどん底に叩きこむのだ!」

「「「了解」」」

 

 竜娘たちは竜に変化すると、それぞれに町の上を飛び回り、雷のように激しく咆哮した。その声が町に木霊している。

 

 ──じゃあついでに……。

 

 フェルディナントは効果音とばかりに、町の外れの人気のないところに雷霆を数発落とした。今度は本物の雷鳴が町に轟く。竜が飛び交い、雷鳴が轟くその様は、まるでこの世の終わりのようでもある。

 

「よし。いったん退け!」

 

 フェルディナントは竜娘たちをいったん退かせると、更に敵に考える時間を与えた。そして一時間ほどたった時、町に白旗が上がり、門が開くと代表らしき人間が護衛に守られながらやってきた。

 

 これを見てフェルディナントも前に進み出る。

「あなたが指揮官ですか?」

「ああ」

 

「私は市長のゲールハルト・デューラーです。今までの戦いぶりを見て手加減していただいていることが骨身にしみてわかりました。ノイミュンスターは全面降伏いたします」

「わかってくれればそれでよい。抵抗さえしなければ、こちらも市民には一切の手出しをしないことを誓おう」

「ありがたきお言葉。感謝いたします」

 

 その夜。友好のための宴が開かれたが、話ははずまなかった。ついさっきまで戦っていた仲なのだから当然ではあるが。

 

 翌日。次の目標であるキールの町に向けて進軍することにするが、ノイミュンスターは抵抗を示した町である。軍を全部退いては寝返る可能性も大きい。

 結局、副官のレギーナとアダルベルトを筆頭に、軍の半数を駐在させることにした。半数でキールを攻略することになるが、なんとかなるだろう。ノイミュンスターでの出来事がキールにも伝わるだろうし……。






 話は少し遡る。

 第六騎士団がハンブルクを奪還した翌日、皇帝フリードリヒⅡ世のもとにその連絡が届いた。

 

「第六騎士団がハンブルグを奪還したとの知らせが届きました」

「なにっ。昨日到着したという連絡がきたばかりではないか。たった一日で落としたと申すか?」

「はい。間違いございません」

 

 皇帝は黙り込んでしまった。これでは一万もの帝国軍を招集した意味がなくなってしまう。皇帝の面目が丸つぶれではないか。

 

 皇帝の館では、フリードリヒⅡ世、軍務卿のハーラルト・フォン・バーナー、近衛騎士団長のコンラディン・フォン・チェルハ、副団長のモーリッツ・フォン・リーシックが集まり、ちょうどハンブルク奪還に対する対応を協議していたところだった。

 その時、新たな知らせがもたらされた。

 

「申し上げます。第六騎士団がホルシュタインへ向けて侵攻したとのことにございます」

「そうか。その手があったか」

 チェルハは声をあげた。

 

「小僧は帝国軍の出番を作ってくれているんですよ。さすがに騎士団一つではホルシュタイン全土を制圧するのは無理ですからね。帝国軍が出てくるように誘っているのです」

「なるほど。単に血の気が多いだけかもしれぬが、朕に気を使ってくれておるということか?」

「なにせヴィオランテ様のお父上ですからね」

 

 皇帝はちょっと渋い顔をした。ヴィオランテのことは話題にしてほしくないらしい。

 

「わかった。帝国軍の出発を急がせよ!」

「承知いたしました」

  

 ──急がないと。


 やつはホルシュタインまで騎士団一つで攻略してしまうかもしれない、とチェルハは思った。

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