第6話-2
フェルディナントは、闇精霊オスクリタを伴って、バルト海上空を杖に跨って飛んでいた。デンマーク軍は上陸してはいるものの、もともとは艦隊だ。フェルディナントは艦隊を持たないだけに、海上へ逃げられたら面倒だ。それに備えるためである。
「オスクリタ。古の海の怪物を呼びだせるか」
「了解。やってみる」
オスクリタが念じると、伝説の怪物スキュラが海上へ姿を現した。上半身は美しい女性、下半身は魚で、腹部からは三列に並んだ歯を持つ六つの犬の前半身が生えた、奇怪な姿をしており、手には剣を持っている。
スキュラは、会場から空中のオスクリタを睨んでいる。
「私を呼んだのはおまえか?」
「そう。おとなしく、主様の眷属になりなさい」とオスクリタは、感情に乏しい声で言った。
「主様? その人族が? 人族ごときが主とは、闇の精霊も落ちぶれたものね」
スキュラは、空中のフェルディナントを見上げ、嘲笑した。
「人間ごときが、私を使役しようとは笑止千万だ」
「その人族ごときがおまえを負かしたら、眷属になるか?」と、フェルディナントは挑発した。
スキュラは怒りに震え、「そんなこと、あり得ない!」と叫んだ。
瞬く間に、フェルディナントは、光魔法のライトジャベリンを一〇本まとめてスキュラにお見舞いする。
「ギャーッ」
光の槍で針ねずみになったスキュラの悲鳴が、海を揺るがせる。
「空からなんて卑怯よ。降りて来なさい!」
スキュラは怒りに満ちて叫んだ。
「戦いに卑怯も何もないと思うがな」とフェルディナントは余裕だ。
彼はフリージアの魔法を発動させると海面を凍らせた。これでスキュラの下半身と腹部の犬は氷漬けになってしまった。
フェルディナントは氷の上に降り立つと、悠々とスキュラの方に向かう。
スキュラは剣を振り回し、なおも抵抗を続ける。だが下半身を氷漬けにされ、腰の入っていない剣撃を避けることなどフェルディナントには造作もない。
フェルディナントはいとも簡単にスキュラの剣を巻き上げると、首筋にオリハルコンの剣をあてがった。
「さて。どうする?」と問いかけた。
「わ、わかった。眷属になるわ」とスキュラは、敗北を認めた。
それを聞いたフェルディナントは、美しい美女の顔に優しくキスをした。
「な、何をするの。こんな醜い私に」
スキュラはそう言うと、顔を赤くして俯いてしまった。
「眷属に美醜はないさ。名前はスキュラのままでいいよな。きれいな名前だから」
「わ、わかったわ」
スキュラは、また照れて顔を赤くしている。
「君にはすぐに働いてもらうことになる。しばらく体を休めておいてくれ」と、フェルディナントは彼女の傷を魔法で癒やす。
「では、またな」
「あ、あのう……」
スキュラは何かを言いかけるが、言葉にならない。
スキュラは、去っていくフェルディナントの姿を見つめ、新たな感情に戸惑いながらも、彼を慕う心を抱いた。
一方、横に控えるオスクリタは、ブスッとしていた。
「主様。またライバルを増やした……」と不満げに呟いた。
続いて、フェルディナントは開けた海域に出る。
海が荒れ、波が天を衝くような勢いで盛り上がる。その光景を空中から見下ろしていた。
「オスクリタ。次は例のデカブツだ」とフェルディナントは穏やかに命ずる。
「了解」とオスクリタはすまし顔で応じる。
オスクリタが念じると、海面が津波のように盛り上がり、ぬめぬめした巨大な生き物が浮き上がってきた。島といっても過言ではない大きさがある。
北海の巨大
耳をつんざく咆哮が鳴り響く。それは荒れ狂うにも負けないほどの力強さがあった。
巨大な触腕が、上空を飛ぶフェルディナントを襲った。それを素早く避けると、フェルディナントは光魔法のホワイトノヴァを放つ。巨大な触腕がちぎれ飛んだ。
空中から下を見ると、まだ何本もの触腕がうねうねとうごめいている。
──いきなり攻撃してくるとは、交渉の余地なしか。
フェルディナントが次々とホワイトノヴァを放つと、触腕がちぎれ飛んでいく。その度に雷鳴にも似た悲鳴があがる。六本目がちぎれ飛んだ時……。
『ま、待ってくれ。あなたに従うから!』と、クラーケンの念話がフェルディナントの意識に届いた。
──なんだ。意思疎通ができるんじゃないか。
『私の眷属になるのなら、許してやろう』
『わかった。あなたのような強者の眷属ならば本望だ』
『名前は上書きでいいな』
さすがに、クラーケンに別な名前を付けたら弱そうになってしまう。
『承知した』
『すぐに働いてもらうことになるから、体を休めておいてくれ』
そう言うと、フェルディナントは魔法でクラーケンの傷を治した。これで艦隊が海に逃げても対応できる。
フェルディナントは、転移魔法で第六騎士団のもとに駆け付けた。
第六騎士団は、ハンブルグから五キロメートルほど離れた平原に陣を構えている。
「遅くなってすまない」
副官のレギーナに帰りを伝えると、彼女は皮肉めいて聞いた。
「野暮用とやらは済んだのですか?」
「ああ。問題ない」
フェルディナントは、レギーナの反応に微笑みながら答えた。
「そうですか」
レギーナの相槌は素っ気ない。
──突っ込んでは聞いてこないのだな。
次の目標はデンマーク軍本体だ。戦いは町での市街戦となる。狭い路地での戦いになるだけに集団戦闘には向かない。それだけに個人技が問題となってくるわけで、普段から苛烈に訓練している第六騎士団にとってはうってつけである。
フェルディナントは、レギーナと戦略を相談する。
「さて、どうしようか。いきなり突入して市街戦という手もあるが、それでは芸がないな」
「一度攻め込んだうえ、敗走を偽装して町の外に誘い出してみてはどうですか」と、レギーナが提案する。
いい提案だ。試してみる価値はある。
「わかった。まずは、それでいこう」
「ありがとうございます」
戦いを前にして、ハンザ都市連合艦隊を率いるリューベック市長ヨハン・ヴィッテンボルクがあいさつにやってきた。
「この度はご助成かたじけなく存じます。しかも、あの名高い
「ああ。私を使わせた皇帝に感謝することだな」
フェルディナントは、ヴィオランテの父を持ち上げておく。
「それで、今回はどのような作戦で?」とヴィッテンボルクは興味津々で尋ねた。
「我々がデンマーク軍を町から追い出す。やつらは海上へと逃走するだろう。あなたは艦隊で追撃してくれ」
ヴィッテンボルクは、驚きを通り越して呆れた。
「そんな簡単におっしゃりますが、相手はほぼ十倍の数の敵ですぞ」
「なに。
「はあ……」
ヴィッテンボルクは単なる若造の強がりなのか、根拠があってのことなのか計りかねた。
──実戦を見ればわかることさ。
フェルディナントは、それ以上取り繕うことをしなかった。
続いてホルシュタイン伯のテオドール・フォン・バードヴィーデンもあいさつにやってきた。ハンブルグは自由都市であるが位置的にはホルシュタイン伯領内にある。しかし、ホルシュタイン伯領はデンマーク王ヴァルデマーⅡ世に実効支配されている状態で、事実上の権力は持っていなかった。
彼は小太りで中背、かなり高級そうな服装をしているが似合っていない。気慣れていないといった感じか?
「これはツェーリンゲン卿。ご加勢痛み入る」
いかにも貫禄がない口ぶりだ。
「なに。私を使わせた陛下の御心に感謝することですな」と、やはり皇帝を持ち上げておく。
「全くそのとおりで」と、答えにもひねりがない。
──なんだか冴えないおっさんだな……。
だが、権力を持っていないのだからしょうがあるまい。
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