第6話 対デンマーク戦争

 一一世紀、のちに「クヌーズ大王」と呼ばれるクヌーズⅡ世は、イングランドに侵攻し、デンマークからイングランド、ノルウェーにまたがる北海帝国を築き上げた。だが、彼の死後、北海帝国は崩壊し、王位継承をめぐって国内の混乱が続き、デンマークの領土は縮小の一途をたどる。


 十二世紀、王位についたヴァルデマーⅠ世のもとで、混乱したデンマーク王国の再建が始まった。王権の強化を図るとともに、バルト海南岸のヴェント人に攻撃を仕掛けるなど、本格的なバルト海進出の第一歩を踏み出した。この流れを引き継いだヴァルデマーⅡ世は、エストニアを支配下に組み込み、さらにバルト海に勢力を拡大していく。

 

 デンマークはハンザ同盟の宿敵である。デーン人は、海上貿易を自力で行っている一方、ホルシュタインを通じて陸路でも貿易を行っている。海上貿易が中心のハンザ商人は、これへ対抗できずにいた。また、地理的にハンザ都市地域の中心地に近く、軍事的な脅威もある。


 そして、ついにデンマークのヴァルデマーⅡ世は、ハンザ同盟の重要拠点であるゴトランド島のヴィスビューを占領し、ハンザ同盟との戦争の火蓋が切られた。


 通常、戦争は騎士の仕事であるが、ハンザ都市は諸侯に支配されない自由都市として自治を行っており、これには軍事も含まれる。このため海を活動の中心とするハンザ同盟は独自の艦隊を擁していた。


 しかし開戦直後、ハンザ都市連合艦隊はデンマーク海軍に敗北を喫した。その勢いに乗り、デンマーク軍はハンザ同盟の重要都市の一つであるハンブルグを占領してしまう。






 ハンブルグ陥落の知らせは、直ちに皇帝フリードリヒⅡ世のもとにもたらされた。


 皇帝フリードリヒⅡ世は、軍務卿のハーラルト・フォン・バーナー、近衛騎士団長のコンラディン・フォン・チェルハ、副団長のモーリッツ・フォン・リーシックが皇帝会議室へ緊急招集した。

 迅速な対応が必要なため、他の宮中伯を含めた正式な会議は後日になる。会議室の大きいテーブルは、本来のメンバーが欠けて広いスペースが開いており、異例な緊急事態であることを示している。


 皇帝フリードリヒⅡ世は、緊迫した面持ちで会議室に足を踏み入れた。

 彼の眼差しは、ハンブルグ陥落の報告書に釘付けであった。会議室の空気は重く、緊急事態の静寂が支配していた。


 報告に目を通した皇帝が見解を述べる。

「我が国の領土が侵された今、ハンザどもに全てを任せるわけにはいくまい」


 皇帝は、権利や自由を強く求めるハンザ同盟を煩わしく感じていた。その口ぶりには、同盟のための出陣を苦々しく思っていることが透けて見える。


「はっ。そもそもオットーが凋落した原因の一つに、デーン人に対し無策だったため諸侯に見放されたということがあります。ここは出陣するしかないかと」と、バーナー軍務卿が同意した。ちゃっかりと、皇帝のためらいに釘をさしているところが、ベテランらしい。


 もともと出陣やむなしと考えていた皇帝は、そのまま議論を進める。

「公国の常設軍だけでは、無理だな。諸侯から招集するとして、規模はどうする?」

 

 バーナー軍務卿は、皇帝の言葉に頷きながら、戦略的な視点から提案を行った。

「敵は五千の兵を擁しております。敵はハンブルグに籠城しており、攻める方が不利ですから、我々は倍以上の力で臨むべきです」


 

「なるほど。では、出陣までの準備期間はどのくらいかかる?」

「一万以上の兵を諸侯から招集して、兵站を整えるには、一月は最低でも必要でしょう」

 バーナーは、常識的な線で答える。


 皇帝は、眉をひそめる。

「長いな。それでは、町のみならず、ハンザどもに恨まれるおそれがある」


 バーナーはテーブルの1点を見つめると、しばし思考を巡らせた。

「では、足の速い小僧を派遣して、時間を稼がせてはいかがでしょうか?」

「やつを人身御供とするか……」と言う皇帝は、少しばかり意地悪気な笑みを浮かべている。

 

「そう簡単に死ぬ輩ではございませぬ。時間稼ぎにはなるでしょう」と答えたバーナーも、フェルディナントへ配慮する気持ちはなさそうだ。

 

 フェルディナントの強さを評価しつつあった皇帝は、納得し、決断した。

「わかった。そうせよ! 小僧が時間を稼ぐ間に、軍編成を急ぐのだ」

「はっ。仰せのままに」

 

 チェルハ団長は、会議では静観していた。彼の目は、未来を見据えるかのように遠くを見つめている。

 やつならば騎士団一つで完勝しかねない、と彼は見通していた。


 ――二人ともわかっていないな……。


 デンマークは海洋国家で、海軍の国だ。対して、帝国は強い海軍を持っていない。ハンザ同盟の艦隊が負けた今、海上に逃げられたら手が出せない。

 十分に敵を叩けなかったら、ハンブルグから海に逃げられ、また違う都市が狙われる。最悪、延々と続くもぐら叩きになりかねない。


 デンマーク軍を、一度で復帰できないほどに叩き潰す。これがベストだ。チェルハは期待した。






 フェルディナントは、皇帝の館の広大な図書室で、重い足取りで歩みを進めた。彼の手には、ハンブルグ陥落の報告書が握られていた。壁に掛けられた古地図の前で立ち止まると、ハンブルグ付近の地形を眺め、深いため息をついた。


「ハンブルグが落ちるとは……痛いな……」とフェルディナントは、自らの心情を吐露した。


 フェルディナントは五歳のときにタンバヤ商会を立ち上げ、一〇年前からは帝国各地での商工組合の設立も進めていた。つい先ごろ、その仕上げとしてハンザ同盟を巻き込んで商工組合総連合を設立し、その会長の地位にあった。

 だが、この立場と第六騎士団長の立場の板挟みになっていた。前者としてみれば一刻も早くハンザ都市であるハンブルグに救援へ向かいたいところだが、後者の立場としては命令もなしに出陣するわけにはいかない。


「これも一つの試練か……勝利への道はまだ開かれている」と自分に言い聞かせる。


 フェルディナントは、いつでも出陣できるよう準備を整えていた。彼のもとにチェルハ団長が訪れたとき、正直ほっとした。

「出陣ですか?」とフェルディナントは訪ねる。

「ああ。直ちにハンブルクへ救援にいってくれ」とチェルハ団長は命じた。

「承知いたしました」


 あえて他の部隊のことは聞かなかった。おおかた第六騎士団に時間稼ぎをさせて、その間に兵を招集する腹なのだろう。だがそうはいかない。総連合会会長としての立場もあるし、ハンブルグは総連合会の仕事を任せているゴットハルトの故郷でもある。


 フェルディナントは、第六騎士団だけでけじめをつけることを決意した。


 急ぎの出陣なので、今回も時空精霊テンプスの魔法陣を使ってショートカットする。まずはダミーとしていったん全軍が駐屯所から出陣した姿を見せつける。

 郊外の人目につかないところで行軍を止めた。千里眼クレヤボヤンスの魔法で転移先を探ると、フェルディナントは、念話テレパシーでテンプスに転移先の場所を伝える。

 

「テンプス。では頼む。場所はここだ」

「わかったわ。任せて」

 

 時空精霊のテンプスが手を掲げると青い魔法陣が姿をあらわした。この魔法陣がハンブルグへの行軍先とつながっているのだ。副官のレギーナ・フォン・フライベルクに行軍を委ねる。

 

「悪いが、先に向かって陣を整えておいてくれ」とフェルディナントはレギーナへ指示する。

 

「隊長はどうされるのですか?」

「ちょっと野暮用がある。すぐに追いかける」と、レギーナは、疑問を抱えながらも従う覚悟を示した。

「野暮用? 了解しました」

 レギーナは首をかしげながら目を見つめる。何かを感じ取ったようだった。

 

 ──野暮用と言いつつ、何かを企んでいるのね。

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