第5話ー2

 フェルディナントは、騎士団長の部屋をあとにすると、早速出発の準備に取りかかる。


 フェルディナントは、第六騎士団の兵士たちと共に、出発前夜を迎えていた。

 兵士たちは、館の広大な中庭に集まり、明日の戦いに備えている。鎧を磨き、武器を手入れし、心の準備を整えていた。


「明日は、我々の勇気が試される日だ!」とフェルディナントは、兵士たちに向かって声を強くした。

「オットー軍を奇襲し、フランスへの挟撃作戦を阻止する。それが我々の使命だ」


 兵士たちは、フェルディナントの言葉に力を得て、互いに励まし合った。

 ペガサス騎兵は、静かに羽ばたき、ダークナイトは、影の中でその存在を主張している。


 夜が更けていく中、フェルディナントは、一人、館の塔に登り、星空を眺めた。彼は、明日の戦いに思いを馳せ、祖国の未来を願った。


「我々の行動が、フランスの運命を左右する」

 彼は、星々に誓いを立てた。

 

「我々は勝利を掴む。それが、我らの使命だ!」

 

 今回は兵士の負担を減らすことを考慮した。

 既に出発しているオットー軍を追いかけるのではなく、遠距離の転移魔法で先回りするのだ。


 まずは、ダミーとしていったん全軍が駐屯所から出陣した姿を見せつける。フェルディナントが第六騎士団を出発させると、一斉にバイコーン騎兵が走り出し、ペガサス騎兵が羽ばたく。ダークナイトも冥界へ戻らせず、いったん行軍させる。その騒然とした行軍の様子は、いやでも人々の目に留まったはずだ。郊外の人目につかないところで行軍を止める。

 

 千里眼クレヤボヤンスの魔法でオットー軍の居所を探っていく。少し遠距離だが問題ないだろう。

 見つけた。オットー軍だ。敵に襲われることなど想定もせず、長蛇の列をなして行軍している。


「テンプス。では頼む。場所はここだ」

 フェルディナントは、時空精霊のテンプスに念話テレパシーで転移先の場所を伝えた。


「わかったわ。任せて」

 時空精霊のテンプスが手を掲げると青い魔法陣が姿を現した。この魔法陣がオットー軍の行軍先とつながっているのだ。


「では、我に続け!」

 第六騎士団の要員が魔法陣に踏み込むと、その姿がかき消えていく。そして転移先の魔法陣から続々と姿を現していた。

 

 全員の転移が終わると、フェルディナントは、なだらかな丘の上に陣を構えた。幻影ミラージュの魔法で敵からは視認できないようにしてある。

 

 戦場には、雲一つない青空が広がっていた。

 

 フェルディナントは、丘から地上を見下ろし、オットーⅣ世の軍の長蛇の列を確認した。フランスへの挟撃作戦を進める彼らは、行軍に集中し、我々の奇襲には気付いていないようだ。


 そのまま、オットー軍が通り過ぎるのを待つ。通り過ぎたオットー軍を背後から襲うのだ。


 頃合いを見て、フェルディナントが命令を下す。フェルディナントは、剣を握りしめた。

 抜剣し、これを高々と掲げると兵士たちを鼓舞する。


「我々の使命は、フランスを勝利に導き、帝国の未来を守ることだ!」

「おーっ!」と兵士たちは声を揃えて、それに応えた。

 

 フェルディナントは、まずペガサス騎兵へ命令を下す。

「ネライダ。まずはペガサス騎兵だ。敵の背後から攻撃せよ! 突撃ルゥ-シャングリフ!」

 ペガサス騎兵が一斉に飛び立つ。その羽音にオットー軍の兵士は驚き、恐怖に染まった顔で仰ぎ見ている。


「炸裂弾。投下ファーレン!」

 ネライダの指示でペガサス騎兵が急降下し、炸裂弾を投下した。 爆風が敵の前衛を吹き飛ばし、土煙が立ち込めた。

 

 すさまじい爆音爆発音に人馬が驚き、特に馬は制御を失って走り去っていくものも多い。投下位置に近かった者は爆風や破片を浴びて血まみれになって助けを求めている。従士たちは対応に右往左往している。

 

「続けて、放てアタッケ!」

 ネライダの指示を受け、ペガサス騎兵が上空から打ち下ろす矢の雨が敵を襲う。下から弓を打ち上げて反撃を試みる敵もいるが、重力に逆らって打ってもペガサス騎兵には届かない。

 上空からの矢を避けようと盾を上に構えると、今度はバイコーン騎兵がやってきて横向きの矢がやって来る。これを同時に防ぐことはできない。


 続けて、追い打ちをかける。

「オスクリタ。ダークナイトも出撃だ」

「了解」

 フェルディナントは、ダークナイトと共に敵の側面から攻撃を仕掛けた。剣が鋼鉄の鎧を切り裂き、敵の兵士たちは叫び声を上げて倒れていく。

 ダークナイトの恐ろしい姿を見て、オットー軍の兵士は恐怖した。脱走を試みる者も出始める。


 しかし、いかんせん、オットーⅣ世の軍は数が多い。

 フェルディナントは、敵の指揮官を見つると、バイコーンを突進させた。剣を振り下ろし、相手の盾を砕いた。血しぶきが舞い散り、指揮官は絶叫して、っその場に崩れ落ちた。

 

 その頃、ようやくオットーのもとに後背から攻撃を受けていることが報告された。長蛇の列で行軍をしていたことが、裏目に出た形である。想定外の敵の出現にオットーは驚愕した。


「なにっ! いったいどうしたことだ。とにかく陣を敷けるところまで撤退だ!」


 オットー軍は前方へ向け全速力で撤退を始めた。その頃、オットー軍の後列の陣形は、既に散りぢりになっていた。

 ようやく前列に合わせて撤退を始めたが、負傷者を収容しながらなので遅々として進まない。


 だが、フェルディナントは追撃しなかった。先ほどの攻撃でオットー軍の二割くらいの死傷者が出ていたからだ。敵を大きく削るのはこのくらいでいいだろう。チェルハ団長からも、殺し過ぎるなと指示を受けている。今回の戦いの主人公は、あくまでもフランス軍だ。


「これで終わりではないぞ……」

 フェルディナントは誰に言うでもなく呟いた。


 オットー軍は退却した後、陣を整え敵の追撃を待った。しかし、待てども敵はいっこうにあらわれない。フェルディナントも相手が待ち構えるところへ攻め込む気など全くなく、そのまま放置しておいた。


 オットー軍は、そのまま夕刻まで警戒態勢をとっていたが、日が暮れた。その日はこの場で野営するになった。しかし、夜襲の危険があるため、見張りを立てておかねばならない。見張りでない者も、夜襲への不安でなかなか熟睡ができなかった。


 翌朝。オットーは追撃がないとみて行軍を開始した。しばらく進むと数十騎のペガサス騎兵があらわれ、上空から弓を射かけてきた。再び本格的な追撃を警戒する兵士たち。しかし、ペガサス騎兵はすぐに飛び去ってしまった。


 ペガサス騎兵の攻撃は散発的に続き、オットー軍の兵士は気の休まる時がなかった。行軍もペガサス騎兵を警戒しながらのため、遅々として進まない。そのまま夕刻となり、オットー軍は野営した。


 今度は数十騎のバイコーン騎兵があらわれ、弓を射かけてくる。寝ていた兵士も叩き起こされ、反撃の体制をとる兵士たち。しかし、バイコーン騎兵はすぐに走り去ってしまった。夜間、このようなことが散発的に続き、オットー軍はほとんど眠ることができなかった。


 これは全てフェルディナントの講じた嫌がらせだった。ずっと緊張を強いられた兵士たちはいざという時に本領を発揮できない。念には念を入れ、これを狙ったのだ。


 イングランド王ジョンはギエンヌから侵攻してポワチエ、アンジューを回復したが、オットーⅣ世の進軍が遅れた間に、フィリップⅡ世が王太子ルイを南部に派遣したため、ギエンヌに撤退せざるを得なかった。これにより南北からの挟撃の構想は潰えてしまう。


 残るフランス北部の連合軍は、フィリップⅡ世が自ら軍勢を率いて当たることにした。フィリップⅡ世は連合軍の追走を受けながら決戦を先延ばしにしている。これはフィリップⅡ世の作戦だった。寄せ集めの軍隊である連合軍は、統一的な行軍ができず、かなり長い距離に引き延ばされた状態となっていた。

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