第5話 ブービーヌの戦い

 プランタジネット家のイングランド王ジョンは、フランス領土の大部分を甥のブルターニュ公アルテュールⅠ世やフランス王フィリップⅡ世との抗争で失っており、その回復を目指していた。また、フランドル伯フェランはフランス王と抗争しており、自領への侵攻を受けていた。


 ジョンは、以前から同盟していたオットーⅣ世やフランドル伯らと謀って、フィリップⅡ世を南北から挟撃する計画を立てた。ジョンがフランス南部に進撃し、同時にイングランド、ドイツ、フランドルなどの連合軍が北部からフランスに侵入するというものである。


 イングランド王ジョンは独り言ちた。


「あの大男にも、最後には役立ってもらわねば。今までの援助が無駄に終わるわけにはいかんからな」






 オットーⅣ世は、燃えるような夕焼けを背に立ち、イングランド王の使者からのジョンの計画の報告を受けた後、愛妾のクララに転じて言った。

 

「クララ、おまえはどう思う?」


  彼女は、窓辺に咲く一輪の薔薇を指でなぞりながら、冷ややかに答える。


「ドイツはほぼホーエンシュタウフェン家側に回ってしまったから、外からホーエンシュタウフェン家を援助するフランスを攻撃してみるのも悪くないんじゃないかしら」

 

 オットーⅣ世は自らを励ますように呟いた。


「そうだな。もうそのくらいしか手はないか……」


 それを氷のように冷たい表情で見つめるクララに、オットーⅣ世は気づいていない。


「おまえは、最後まで付いてきてくれるよな?」

 オットーⅣ世はすがるように尋ねる。


「私の心は、最後まで陛下のものよ」

 彼女にしてみてば、最後のリップサービスで、最後の温情だ。これでダメなら、もうこの男は見限ることを決めている。

 

「そうか。安心した」

 その声は、かつてないほど弱々しい。

 オットーⅣ世は気づいていない。クララの心はもうここにはないことに。






 フェルディナントは、館の自室でタンバヤ情報部のアリーセからの報告を聞いていた。彼女はアークヴァンパイアであるローザの眷属とされた一人で、遠隔地でもローザと意思疎通ができる。眷属化されたことで、身体能力なども強化され、諜報活動にはうってつけなのであった。


「アリーセ、オットーⅣ世の動きはどうだ?」

 フェルディナントは、アリーセに問いかけた。


 アリーセは、暗闇の中で目を細めて答えた。

「オットー軍は、イングランド王ジョンの提案を受け入れ、フランスへの挟撃作戦を進めているようです。フランスからの援助が滞れば、オットーが息を浮き返しかねません」


 フェルディナントは、眉を寄せた。

「しかし、我々は宮仕えの身。勝手に動くわけにはいかない。それに、数的には連合軍が有利だが、フランス軍が負けるとは限らないしな」


 アリーセは静かに頷いた。

「そうですね。上層部の指示なしに、独自にやれることはないように思います」


 結局、フェルディナントは上層部の判断を静観することした。


 数日後。シュワーベン公の館では、皇帝フリードリヒⅡ世、軍務卿のハーラルト・フォン・バーナー、近衛騎士団長のコンラディン・フォン・チェルハ、副団長のモーリッツ・フォン・リーシックが重厚な木製のテーブルを囲み、フランスと連合軍の戦いに対する対応を協議していた。

 

 テーブルの上には地図が広げられ、複雑な線が国境を示していた。燭台の炎が、暗闇の中で彼らの顔をゆらゆらと照らし出していた。


 皇帝フリードリヒⅡ世は、高い背もたれの椅子に座り、厳粛な表情で地図を眺めていた。彼の目は、戦略的な要所や敵の動きを追っていた。軍務卿バーナーは、彼の隣に座り、厳格な表情で指摘をしていた。彼の指は、地図上の都市や山脈を辿り、戦略的な意味を説明していた。


 近衛騎士団長チェルハは、地図の端に立ち、軍隊の配置を検討していた。彼の鎧は、燭台の炎に反射して光り、彼の目は鋭く輝いていた。副団長リーシックは、テーブルの向こう側に立ち、報告書を手にしていた。彼の表情は厳粛であり、彼の指は地図上の要所を指し示していた。


 会議室は静寂に包まれていた。緊張感が漂い、壁に掛かる古い絵画が、歴史の重みを感じさせていた。彼らは、フランスと連合軍の戦いについて熟考していた。次の一手が、世界の運命を左右することを彼らは理解していた。

 

 まずは、皇帝フリードリヒⅡ世が口を開き、懸念を表明した。

「この戦いでフランス軍が手ひどくやられると、フランスからの援助が途絶えてしまう。オットーのやつが息を吹き返すことにもなりかねん」

「確かに、何もせずに静観するという手はあり得ませんな」と、バーナー軍務卿が同意する。

 

 そこでチェルハ団長が発言する。

「ここは、オットーの軍がフランスへ着く前に一撃加えておくべきでしょう。数が減らせれば、それだけフランスが有利になります」


「では、誰を使わす?  またあの小僧か?」

 皇帝フリードリヒⅡ世は、不愉快そうに訪ねた。娘のヴィオランテと交際しているフェルディナントが気に入らないのである。

 

「強くて、早くてとにかく使い勝手がいいですから、仕方ありませんな」

 チェルハは、皇帝の様子を顧みず平然と答えた。客観的に見てそうなのだから、フリードリヒⅡ世も反論が難しい。

 

 バーナー軍務卿が念を押した。

「第六騎士団だけで大丈夫なのか?」

「もともと他国の戦争ですからね、今回は大勝する必要がありません。数さえ減らせば後はフランス軍が片付けてくれるでしょう。必要なら第五を付けますが、それは小僧自身に選ばせましょう。おそらくいらないと言うでしょうがね」

 その言葉には、フェルディナントの実力を一番理解できている自信がうかがえる。


 皇帝フリードリヒⅡ世はしばらく考え込むと、結論を出した。戦略の検討というよりは、心の整理に時間を費やしたように見える。

「また小僧を頼るのは癪ではあるが、卿の言うことは理解した。今回は、あの小僧に任せてみよう。だが、失敗は許さぬからな。きつく言いわたしておけ!」


 フリードリヒⅡ世は、相変わらずフェルディナントに対して辛口なのであった。






 フェルディナントは、近衛騎士団長のチェルハに呼び出された。フェルディナントは、早速に話を切り出す。

「オットー軍のことですね」

「相変わらず情報が早いな。わかっているなら話は早い。第六騎士団で対処してもらいたい」


「了解いたしました。対処方針などはありますか?」

「同じ帝国人同士だから殺し過ぎないように頼む」


「それは心得ているつもりです」

「第六だけでだいじょうぶか?」

 殲滅せよというのなら別だが、数を減らすだけなら問題はない。


「十分です」

 チェルハは予想通りと心中でニヤリとした。彼は第六の実力ならば完勝も可能だと踏んでいた。


「それは心強い。よろしくたのむぞ」

「はっ。では、失礼いたします」

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