第4話ー2
「強いかどうかは戦いぶりを見てもらえばわかる。憶測で物を言わないでもらいたい」と、フェルディナントは冷静に答える。挑発に乗るつもりはないが、彼の返答は、内に秘めた自信と決意を表している。
「はい、はい。わかったよ。で、名前は?」と、指揮官は続ける。どうやら若者の強がりと思われたらしく、まともに相手をしてもらえそうにない。
「フェルディナント・エーリヒ・フォン・ツェーリンゲンだ」と、フェルディナントは自己紹介する。
「俺はアメリゴ・サントゥニオーネだ。シチリア軍の指揮官をやってる」と、アメリゴは答える。彼の名前は、彼のシチリアの出自を示しており、その響きは地中海の風を感じさせた。
「よろしくお願いする」と、フェルディナントは最低限のあいさつをした。。
防衛拠点内部へ案内されたフェルディナントは、緊張感漂う空気の中で、指揮官アメリゴ・サントゥニオーネと対峙していた。アメリゴの目は海のように深く、体格も岩のようにしっかりとしている。シチリアの風土が育んだ強さを思わせる。
「シチリア軍の指揮下に入ってもらう。それはあらかじめ承知しておいてくれ」とアメリゴは言った。彼の言葉は、指揮官としての権威を示しつつも、同盟者としての信頼を求めるものだった。
「了解した」とフェルディナントは答える。若者や女性と軽く見られて不安だったが、アメリゴが、ただ傲慢なだけの指揮官ではなく、同盟の重要性を理解していることを理解して一安心した。
翌日。第五騎士団が到着した。前団長の死去に伴い、第五騎士団長は副官のモーリッツ・フォン・リーシックが繰り上がっている。こちらの方はそれなりにアメリゴから信用された様子だ。人を外見で判断するとは、なんともつまらない。
数日後、ヴェルフ家の軍が現れ、両シチリア軍の砦を攻め始める。
ヴェルフ軍は、両シチリア軍の立てこもる砦に、まずは矢を射かけてきた。両シチリア軍も矢で応戦し、空を矢が飛び交う。
相手はバイエルン公国・シュワーベン公国の従士たちである。両シチリア軍と違い、同士討ちとあっては、なかなか帝国軍の戦意は高揚しない。
まだ緒戦ということもあってか、第六騎士団に声はかからない。
そのうちに敵は、据え置き式の大型弩砲であるバリスタや平衡錘投石機であるトレビュシェットを持ち出してきた。フェルディナントは、たまらず指揮官に伺いを立てる。
「指揮官殿。ペガサス騎兵を出しましょうか?」
「なにっ? そんなものが役に立つのか? まあ、いないよりはましだ。勝手にしろ」
指揮官アメリゴは、ペガサス騎兵の威力をまったく知らないらしい。他にはない舞台だから、無理もないが……。
だが、焼け石に水のような扱いをされて、少々癇に障る。フェルディナントは、その威力を見せつけ、意趣返ししてやりたくなった。
「では、そうさせてもらいます」とだけ、簡潔に断りを入れる。
翳りのない青空が広がるシチリアの砦。
フェルディナントは、戦局を見据え、ペガサス騎兵たちに命令を下した。
「ネライダ。ペガサス騎兵を出せ。バリスタとトレビュシェットを操作しているやつらを集中的に狙うんだ!」
「わかりました。主様」
ハイエルフのネライダは、最古参の冒険者パーティメンバーである。
ネライダはペガサス騎兵を連れて素早く出陣していく。こういうことを予想して、準備万端、待機していたのだ。
騎士たちは一斉に動き出した。ペガサスの翼音が、空気を切り裂く音となり、その美しい姿は、神話の英雄たちを彷彿とさせる。
型どおり、まずは
「今だ、
ネライダの号令で炸裂弾が投下された。激しい爆発音に人馬が驚く。特に馬は制御を失って走り去っていくものも多い。投下位置に近かった者は、爆風や破片を浴びて血まみれになって助けを求めている。
ネライダは、騎士たちに向かって、次の命令を下す。
「続けて、 バリスタとトレビュシェットの操作者を狙え!」
ペガサスたちは、その美しい翼を広げ、空高く舞い上がった。太陽の光が、騎兵の鎧を輝かせ、その姿はまるで天使のようだ。
「今だ、
上空から打ち下ろす矢の雨が敵を襲う。これを避けようと上に盾を構えると、今度は砦から横向きの矢がやって来る。これを同時に防ぐことはできない。下から弓を打ち上げて反撃を試みる者もいるが、重力に逆らって打ってもペガサス騎兵には届かない。逆にペガサス騎兵が打ち下ろす矢は、重力によって加速されその威力を増している。
みるみるうちに敵の負傷者が増えていく。そのうち、ヴェルフ軍は万事休すとばかりに撤退を始めた。
撤退後には、多くのバリスタとトレビュシェットが置き去りになっている。両シチリア軍は、これを直ちに
攻城兵器がなければヴェルフ軍もそう簡単には砦を落とせないはずだ。事実、その後は散発的に攻めてはきたものの、砦を攻めあぐねている様子だった。
数か月後。ヴェルフ家の軍が帝国に向けて撤退したとの連絡があった。
「結局、戦闘らしい戦闘は初日だけでしたね」とネライダが感慨を述べた。
「ああ。ネライダの活躍のおかげだ。よくやった」
フェルディナントは素直にねぎらいの言葉をかける。
「そ、そんな真正面から褒められると、照れてしまいます……」と、ネライダは頬を赤く染めてもじもじしている。そんなネライダをかわいく思ってしまうフェルディナントだった。
両シチリア軍指揮官のアメリゴは、ペガサス騎兵のことをしきりに褒めた。
「こんな強い軍隊を持つシュワーベン公には、逆らわない方が身のためだな」と、感慨深げに言った。その表情は、照れているようにも見える。当初、その強さを見極められなかったことを恥じているのだ。意趣返しはこれで十分だ、とフェルディナントは納得した。
──強いのは、ペガサス騎兵だけじゃないんだがな。
内心、そう思ったフェルディナントだが、他の戦力は軍事機密だ。漏らすはずがない。
イタリアにおける抗争の間も教皇側から交渉の申出があったが、オットーⅣ世は妥協を示さなかったため、インノケンティウスⅢ世は反ヴェルフ派の諸侯に新たなローマ王の選出を認める。ドイツ諸侯は、北方で勢力を拡大するデーン人に対応せず、イタリアへ注力する皇帝に不信を持っていた。
教皇とフランス王フィリップⅡ世の支持を受けて、諸侯はニュルンベルクでオットーの廃位とシュワーベン大公フリードリヒⅡ世をローマ王に選出することを決定する。
フリードリヒⅡ世はフランスからの援助を受け、諸侯に対しては特許状を発行して支持を集めて吝嗇な性格のオットーに対抗した。
オットーⅣ世は窮地から脱するため、イタリアから帰国することにした。しかし、イタリアから帰国して間もなく、ホーエンシュタウフェン家から輿入れしていたベアトリクスが亡くなったため、ホーエンシュタウフェン派を含めた諸侯の大半がフリードリヒⅡ世を支持することになった。
その後、フランクフルトでフランス王フィリップⅡ世と教皇の使者が見届ける中で、フリードリヒⅡ世は改めてローマ王に選出され、マインツで戴冠した。
これにより、オットーⅣ世は更に追い込まれることとなったのである。
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