第3話 第六騎士団誕生
ライン河畔の決戦の余波がまだ冷めやらぬ中、ホーエンシュタウフェン軍の陣営では、マイツェン第五騎士団長の空席が重くのしかかっていた。
若きフェルディナントの名は、その戦術的な才能と戦場での華麗なる戦略により、特に若手兵士たちの間で尊敬の念を集めていた。
しかし、彼の年齢はまだ十五に過ぎず、経験豊かなベテランたちの間には、その若さを疑問視する声も少なくなかった。フェルディナントの活躍を話でしか聞いていなかったため、第一から第三騎士団員の中には、興奮した者たちが誇張して語っているのだろうと憶測するものもいた。
軍務卿ハーラルト・フォン・バーナーは、近衛騎士団長コンラディン・フォン・チェルハ、副団長モーリッツ・フォン・リーシックとともに、機密保持のためカーテンが閉じられた薄暗い執務室で次期第五騎士団長の人事を巡る重苦しい議論を交わしていた。
彼らの前に広がる大きな作戦地図には、ライン河畔の戦いの痕跡が赤と黒の線で残されている。
リーシック副団長が状況報告を始める。
「フェルディナントを支持する声が、特に若手の間で大きいです。彼の昇進か、大きな褒賞を認めなければ、軍の士気に影響が出かねません」
バーナー軍務卿はひとしきり考え込むと、深いため息をつきながら答えた。
「確かに今回も、フェルディナント中隊の働きは目を見張るものがあるな。そうすると例の第六騎士団の新設の話を前倒しにする必要があるか。本当は大手柄をあともう一つ二つ上げてからと思ってはいたのだが……」
チェルハ団長が静かに言葉を挟む。
「タイミングは今しかないでしょう。私も若手の熱い思いはひしひしと感じています。更に手柄を上げてからとなると、第五や第四騎士団長という流れにもなりかねません」
これを聞いて、バーナー軍務卿は決断した。
「よしっ! では、このタイミングで第六騎士団を新設することにしよう。フェルディナントの第五中隊はそのまま第六へ移行するとして、それ以外の要員はフェルディナントに調達させるということでよいな?」
「団内からは第六騎士団への転属願が殺到するでしょう。それを押さえつつフェルディナントに条件を飲ませるのは難しいですね」
チェルハ団長は、面倒だといいたげに顔をしかめている。
「それを私とおまえで飲ませるのだ。第六中隊への転属を抑え込まないと、今度はベテランたちが黙ってはいないだろう。それにフェルディナントの食客を取り込むという当初の目的を果たす必要がある」
バーナー軍務卿は、有無を言わさぬ命令口調でたたみかけた。
「わかりました」
チェルハ団長は、逆らいようがなかった。
フェルディナントはバーナー軍務卿の執務室に呼び出された。かたわらにはチェルハ騎士団長が控えている。
バーナー軍務卿が厳かな口調で話しを始める。
「卿に来てもらったのはほかでもない。この度、第六騎士団を新設することになった。卿にはその団長を引き受けてもらいたい」
──なんと! 第六騎士団を新設するとは!
フェルディナントの表情は驚きに満ちていたが、内心では新たな挑戦に胸を躍らせている。
とはいえ、無邪気にうかれてばかりはいられない。この異例な人事には裏がありそうだ。彼は事情を探りにかかる。
「私のような若輩者が騎士団長などを引き受けてしまって、軍紀が乱れませんか?」
「確かに卿は若い。だから第五騎士団長となるとベテランの中には面白く思わない者もいる。一方で、若手には卿の昇進を望む者も多い。だからこそ第六騎士団ということで卿を処遇したいと考えたのだ」
ベテランと若手の相互に配慮したという説明は、もっともらしい。フェルディナントは、話を続ける。
「それはお心遣い感謝いたします。それで、第六騎士団は、どのような編成になるのですか?」
「卿の第五中隊はそのまま第六騎士団へ移行してもらう。それ以外の要員は卿が調達してほしいのだ。実は軍は先の二回の会戦による欠員補充で手いっぱいでな。そこまで手が回らぬのだ。ここはぜひ卿の才覚を見せてくれ」
──要員の調達を丸投げ?
無責任さに違和感を覚える。仮にも軍隊だ。いい加減に編成していいはずがない。何を考えている?
フェルディナントは、寸刻、考え込んだ。そして、ひらめいた。
――そうか! 俺の食客たちを軍に取り込みたいということか!
確かに、あれだけの私兵がいたら軍としては驚異だからな。ここはひとつ軍に恩を売っておくとするか。
それには、かねてからの腹案を確認しておく必要がある。
「お受けする前に、一つ確認があるのですが、要員は人族以外でも大丈夫ですね?」
──ああ。フェルディナント中隊には亜人が何人か混じっていたな。そのことか。
バーナー軍務卿は、深く考えずに答えてしまう。
「急ごしらえの騎士団だ。それもやむを得まい」
「それであれば、お引き受けいたします」
言質はとった。フェルディナントは「亜人」ではなく「人族以外」と言ったのだ。心中でニヤリとする。
「それはよかった」と、バーナー軍務卿はホッとした表情をしている。
「では、早速編成に取り掛かってくれたまえ」
「了解いたしました。では、失礼します」
フェルディナントは一礼して退室した。
フェルディナントの姿が見えなくなってから、チェルハ団長が拍子抜けしたとばかりに言う。
「思いのほか素直に受けましたな。私の出番がありませんでした」
「いいことではないか。まだ若造だから深読みができないのだ」とバーナー軍務卿は、安心しきっている。
「そうでしょうか……」
チェルハ団長は、どこか腑に落ちない心持ちを禁じ得なかった。
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