第2話ー3

 戦いの渦中、ライン川の平原は血と鉄の匂いで満たされた。戦士たちの叫び声と金属がぶつかり合う音が、空気を震わせ、まるで地獄の門が開かれたかのような恐怖を漂わせていた。

 フェルディナント中隊の騎士たちは、鋼の波のように敵陣を押し寄せ、その勇猛さはまるで古の伝説の英雄たちのようだ。


 フェルディナント中隊は、混乱した諸侯軍に後背から何度も突撃をかける。諸侯軍は圧力に耐えきれず、前方に押し出され始めた。

 

「魔法を解禁する! 敵を前方に押し込め!」というや否や、サキュバスのプドリスが発動した炎の矢ぶすまが雨あられと敵に降りそそぐ。ホムンクルス三人娘や魔導士のベアトリスも負けていない。無数の炎や氷の矢に風の刃が敵を襲う。


 戦場の空は、炎と氷の魔法が交錯する異界の風景を描き出し、その光景は見る者の心に深い恐れを植え付けた。

 

 これにより、左翼の諸侯軍は前方へ逃れようとするが、前方には第五騎士団本軍が待ち構えている。前後から挟撃された諸侯軍は自ずと左翼方面へ逃れ始めた。これにより敵中央軍の左側面ががら空きとなった。今が好機である。フェルディナントは、反転して中央軍左翼へと向かう。


「中央軍を狙う! 我に続け!」

 中央軍の左側面を距離と取って進む。


「左側面から弓で狙う!  風魔法が使える者は風で矢を運べ! 矢は撃ち尽くしてかまわない」

 不意に側面から攻撃を受けた敵は混乱する。敵には弓兵もいるが、再び一方的な攻撃が繰り返され、敵は次々と倒れていく。


「矢が尽きた者は魔法を使え!」

 無数の炎や氷の矢に風の刃が今後度は中央軍を襲う。そのまま中央軍の後ろへ抜けると、反転し後背から中央軍の左翼へ突撃をかける。


「左翼から削っていくぞ。突撃ルゥ-シャングリフ!」

 散発的な弓の反撃があるが、斉射ではない矢などにやられるフェルディナント中隊ではない。 敵左翼を蹴散らしながら前方へと駆け抜ける。反転し、今度は前方から後方へと駆け抜ける。こうして敵を削っていくのだ。


 不意に炎の上位魔法ヘルファイアがフェルディナント中隊を襲った。


「ローラ!」

 ホムンクルスのローラは、時空反転フィールドでヘルファイアを敵軍へとはね返す。地獄の業火が宙に舞い、逆に敵陣へ多大な損害が出て、火が燃え広がっている。


 相手の魔導士は、魔法が反射されて驚愕している。初めての経験なのだろう。時空魔法の使い手などフェルディナントとホムンクルス三人娘くらいなのだから無理もない。

 

 敵には魔導士が十人ほどいる。

 

 ──まずは、やつらから始末しよう。

 

「敵の魔導士を狙え!」

 無数の炎や氷の矢が、風の刃が敵の魔導士を襲うが、魔法障壁で防御されてしまった。十人とも相当な実力のようだ。

 

 ──前回よりもやっかいだな。


 しかし、魔導士の弱点は物理攻撃と相場は決まっている。

 

「アダル。マリー、ローラ、キャリーを連れてやつらをれ!」

「承知!」

 

 魔導士たちは必死に魔法を放ってくるが、ホムンクルス三人娘が展開する時空反転フィールドにことごとく反射される。反射された魔法は魔導士たちを守ろうとしてくれた兵士たちを襲い、かえって魔導士たちの守りが手薄になってしまった。


 魔導士たちのもとへアダルら四人が突撃する。もともと魔導士など運動神経がよい者などいないから一瞬で切り伏せられてしまった。

 

 その間に中央軍の後ろに駆け抜けていたフェルディナントは、再び後背から襲う。

 

「邪魔者はいなくなった。中央軍を削るぞ。突撃ルゥ-シャングリフ!」

 

 そこで中央軍は思いがけない動きを見せた。前方の第五騎士団本軍へ向けて一斉に突撃したのである。少数ながらも強敵であるフェルディナント中隊よりも一般的な編成の本軍の方が組みやすしと判断したのだろう。それに第五騎士団本軍の方は第四・第五中隊が抜けて手薄となっている。

 

 第五騎士団長のマイツェンは、泡を食った。

「おまえたち。俺を守れ!」と必死に命令する。

「団長。ここは左右に展開して敵をやり過ごすべきです!」と、副官のシュローダーが進言する。

 

「それでは、俺の守りが薄くなってしまうではないか!」と、マイツェンは聞く耳を持たない。


 はるかに数に勝る敵を真正面から受け止める方が自殺行為だなのだが、焦りのあまりそのようなことも考えられないようだ。そうして時間を無駄にしている間に、敵中央軍と第五騎士団本軍が衝突した。

 

 一方、フェルディナント中隊も援護のため後背から敵を削っていた。

「フェルディナント様!」とアダルが叫ぶ。

 

 言いたいことはわかっている。極大魔法なりで敵中央軍を殲滅すれば第五騎士団本軍は救われる。しかし、それでは殺し過ぎなのだ。これはあくまでも神聖帝国内の内戦である。殺し過ぎては戦後処理が困難を極めてしまう。

 

「殺し過ぎは良くない。本軍は正面から受け止めず、いなせばいいだけの話だ」

「それは、そうですが……」


 ──それが、あの団長にできるだろうか? いや、無理だ。


 アダルベルトは、黙りこくってしまった。

 第五騎士団長一人の命と敵とはいえ多数の同邦軍兵士の命。天秤にかけたら、どちらが重いのか? 価値観によって、どちらの答えもあり得る。


 視野の広い答え。そして、能力のない者が戦場で命を落とすのは宿命だ、という冷徹な割切り。いかにもフェルディナントらしい、とアダルベルトは感銘を受けていた。


 第五騎士団本軍は、敵中央軍に押し込まれていた。本陣へも敵の攻撃音が聞こえてくる。

 

「団長。後方へ下がりましょう。騎馬してください」とシュローダーが促す。

「お、おう。わかった」と、もはや正常な判断ができないマイツェンは言いなりである。

 

 そこへ、乱戦を潜り抜けた一人の敵騎士が突撃槍ランスを構えて突進してきた。運悪くそれが騎馬しようとしていたマイツェンの背中を直撃する。

「グホッ」と咳込むとマイツェンは大量の血を喀血した。この重症ではまず助からないだろう。

 

 しかし、第五騎士団としては幸いだったと言わねばなるまい。指揮権が冷静なシュローダーに移ったからだ。

 

 シュローダーは叫んだ。

「これより指揮権は私に移った。軍を左右に展開して敵をやりすごす!  第一中隊は左翼、第二・第三中隊は右翼に展開せよ!」

 

 混乱しながらも左右に展開し、中央を開けると、敵中央軍はここを駆け抜けて行った。

 それを見届けたシュローダーは命令する。


「敵の反転攻撃に備えよ!」

 

 だが、その命令は空振りに終わった。敵中央軍はそのまま逃げ去ったのだ。

 これを見ていた左右の諸侯軍も撤退を始めた。

 

 ホーエンシュタウフェン軍は、第五騎士団長を失いながらも四倍の敵を撃退したのだ。


 戦いが終わって、捕虜交換などの戦後処理に入る。

 終わってみるとライン宮中伯軍の損害は、左翼の諸侯軍を中心に四割を超えていた。これは数字的には惨敗といってよいものだ。

 一方のホーエンシュタウフェン軍の損害も二割近かった。こちらも大きな損害である。

 

 この惨敗により、ヴェルフェン宮中伯は弟を見限り、ホーエンシュタウフェン家に寝返ることが約束された。ヴェルフ家は有力な支持者を失うこととなり、パワーバランスは大きくホーエンシュタウフェン家に傾くこととなった。


 そして、ホーエンシュタウフェン軍は帰路についた。

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