第2話ー2
先般のリューネブルク会戦では、ザクセン公がホーエンシュタウフェン家に寝返ることが約束された。次の目標はライン宮中伯のハインリヒ・フォン・ヴェルフェンである。
宮中伯とは、本来、皇帝の側近で、現代でいう大臣に相当し、担当する部署において政務を処理する職である。やがて地方において諸侯が台頭すると、その力を抑えるために各地へ宮中伯が派遣されるようになっていったものである。
ヴェルフェン宮中伯領は、下ロートリンゲン地方のライン川下流域を版図としている。また、彼は現皇帝オットーⅣ世の兄である。宮中伯として、自ら選帝侯のひとりでもあったが、皇帝選挙の際は、ライン諸侯の意向のとりまとめに奔走した。いわば下ロートリンゲンにおけるキーマンであるが、皇帝の兄であるだけに、政治交渉や金銭による買収では味方につけることが難しそうだ。
結局、軍事的に解決する道をシュワーベン公フリードⅡ世は選択した。非軍事的交渉に時間を割いていては、ザクセン公が寝返った今の好機を逃してしまうと判断したのである。
ヴェルフェン宮中伯軍の兵数は、自軍一五〇〇に加え、近隣の諸侯の援軍二五〇〇を併せた四〇〇〇だ。
これに対してホーエンシュタウフェン軍は前回と同じく第四・第五騎士団一〇〇〇で当たる。やはり、これ以上の数を割くことは難しいのだ。今回は寄せ集めの軍とはいえ、四倍の敵が相手となる。厳しい戦いが予想される。
マイツェン第五騎士団長は、輜重の輸送などの兵站線の確保については、タンバヤ商会に委託してきた。前回の会戦で評判が良かったらしい。タンバヤ商会で手配した輜重部隊には、今回も戦闘に手練れの者を選んである。前回もそれなりに役立ったし、用心に越したことはないからだ。
フェルディナント中隊は、今回も最右翼に配置されると事前通告があったので、全員が騎馬である。馬匹はもちろんバイコーンだ。
事前の諜報活動により、ヴェルフェン宮中伯自身の出陣が判明している。向こうも必死なのだろう。
アウクスブルクを出発して二週間後。いよいよ会戦の地に到着した。
ライン川の東岸に広がる平原は、戦いの前夜に静寂を保っていた。川面に映る月の光が、水面をゆっくりと流れる時間を照らし出し、平和の残像を描いているかのようだった。しかし、その穏やかな風景とは裏腹に、川岸には緊張が漂っていた。
やがて、朝霧が立ち込める中、騎士たちの鎧が微かに光を反射し、まるで戦いの予兆を暗示しているかのように輝いていた。
川のせせらぎは、これから始まる激しい戦いの前の静けさを際立たせ、風は戦士たちの旗を静かに揺らしていた。
しかし、その風が次第に強まり、川辺の木々を揺さぶり始めると、まるで戦いのドラムのようなリズムを刻み始めた。ライン川の流れは、歴史の転換点を目の当たりにするかのように、その流れを加速させていた。
会戦の時刻となり、両軍が対峙した。両軍とも横陣を組んでおり、正面対決の様相を呈している。
フェルディナント中隊は、予告どおり最右翼に陣取っている。彼は、出陣の合図に備え愛用の白銀のマスクを着けた。 敵軍は、ヴェルフェン宮中伯の本軍を中央に、その左右を諸侯軍が固める形をとっている。
フェルディナントは、四倍の数の敵を相手にするのであれば、相手の陣形を崩す必要があると考えた。まずは、敵左軍の右翼に回り、包囲すると姿勢を見せて相手の出方をうかがうことにする。
「
ホーエンシュタウフェン軍本陣から突撃の命令があった。
「敵左軍を包囲する形をとる! 我に続け!」
そう叫ぶと、フェルディナントは先陣をきってバイコーンを疾走させる。バイコーンは、戦場を駆けるたびに、その蹄で地面を叩き、まるで雷鳴のような響きを残していた。
敵が包囲の形をとる場合、守備側では三パターンの対応がある。一つ目は、包囲の更に外側から逆包囲する。二つ目は、包囲を防ぐため後列から人を補充して陣を左に伸ばす。三つ目は、陣を敵とは逆方向へ鉤型に展開する守備的な形である。
敵軍の編成は、騎馬をした騎士に徒歩の従卒が従うという伝統的な編成だ。展開スピードで騎馬だけからなるフェルディナント中隊にかなうはずもなく、自ずと逆包囲は無理がある。
どうやら敵の指揮官は陣を横に伸ばすよう指示を出したようだ。しかし、フェルディナント中隊の速度についていけず、敵陣の展開は混乱し、間に合いそうもない。
「陣が混乱したところを集中的に弓で狙え! 風魔法が使える者は風で矢を運べ!」
前回の会戦と同じ常套手段である。敵から距離をとって進路をとるので、敵の矢はとどかない。攻撃はフェルディナント中隊からの一方的な攻撃となった。面白いように敵が倒れていく。
フェルディナントは、敵中に中隊長か小隊長らしき人物がいると、優先的に魔法で攻撃していく。指揮官を失って敵軍の混乱は増していく。
正面からは、ブルンスマイアーの第四中隊が混乱した陣を集中的に攻撃している。
──なかなかやるな。
あまり矢を使いすぎると尽きてしまう。敵陣も混乱しているし、そろそろ頃合いだ。フェルディナント中隊は、敵陣の側面をすり抜けると後背に回り込む。
「
混乱した敵陣へ背後から突入する。混乱しながらも敵は弓の射程圏内に入ったところで弓を射かけてきた。フェルディナント中隊を多数の矢が襲う。
「マリー!」
ホムンクルスのマリーはこれを時空反転フィールドではね返す。逆に敵の中から矢傷を負った悲鳴があちこちから聞こえてくる。
「いったいどうなっているんだ?」と、矢がはね返ってくるという異常事態に敵の弓兵は首をひねっている。
──リューネブルク会戦のことを知らないのか?
どうやら諸侯軍の方は、先の会戦の情報取集を怠っていたらしい。
その直後、接敵した。フェルディナント中隊、そのまま速度を緩めず、バイコーンで敵を蹴散らす。
フェルディナント自身は、双剣を振るいながら敵を切り裂いていく。白銀のマスクを着けた彼は、敵からは人間離れした存在に見えた。まるで死神の鎌のように、敵の命を刈り取っていく。
戦場のど真ん中で、彼は一つの竜巻となり、その周囲には血しぶきが渦を巻く。それは、死と喪失を象徴するアフロディーテの薔薇のようだった。
敵の顔は恐怖に染まっている。騎馬の集団が突撃してくる見慣れない部隊と戦うなど思ってもみなかったのだろう。左翼の諸侯軍は反転して攻撃を試みる者、早々と逃走を試みる者などが入り混じり、みるみるうちに混乱していく。
敵の騎士が装備している
増してや相手は騎馬して凄まじいスピードで動き回っており、騎士同士の決闘のように正面から迎え撃ってはくれない。敵にしてみれば「騎士道にもとる」と言いたいところだろうが、そんなことは知ったことではない。
実際、この時期に北の海からデーン人がバルト海・北海方面に侵入し、略奪や侵略行為を働いて猛威を振るっていたが、彼らが騎士道など無視したというのも大きな要因である。
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