第20話 白井銀次

-----まえがき-----


視点がブレます。ご了承ください。


-----まえがき-----



 男の名前はしらぎん


 大学在学中に起業し、見事成功を収めた彼は、今や注目の若手社長として一部の雑誌で取り上げられる存在だ。その紹介文には「異端児」や「革命家」といった言葉が踊るが、彼の本質は実に保守的である。


 周囲からは斬新なアイデアを出すと評されるが、彼自身は決して挑戦しているつもりはない。彼の中ではそうなるのが当然だからだ。まるで時代が彼を追いかけるかのように、次々と事業は成功を収めていく。


 そんな中、彼はとある企業が開発中のあるゲームに目をつけた。ゲームの内容というよりかはそのシステムに。『魂の監獄』内で流れる時間の体感速度は現実世界の四倍。つまり現実世界での一時間は『魂の監獄』内では四時間となるところにだ。


 これを利用しない手はないと考えた彼は、ゲームを運営する会社に融資し、クローズドベータ版の案内メールを手に入れた。早速参加した彼は、当初ゲーム内容など気にせず、自身のアイデアをまとめる場として利用していた。


 しかし、マルチタスクに長けた彼は仕事のことを考えながらも、次第にゲームをプレイし始めた。もともとゲーム嫌いではない彼は、最初は遊び半分だったが、徐々に効率を求め始め、製品版がリリースされた際のことを考えるようになった。


 様々なキャラクターを作っては削除を繰り返し、試行錯誤の末に彼がたどり着いた初期ジョブは【馬飼い】だった。クローズドベータ版では二次職へのクラスチェンジはできなかったが、ステータス上昇値は表示される。


 レベルキャップがいくつになるかで育成方法が変わるのは事実だが、MMOでレベル50などは考えにくい。最低でも100はあるだろう。そう考えた彼は、スタートダッシュは決められなくとも、後々のことを考えれば、ステータス上昇値が最も高い【騎士】を選ぶのが最適だと結論づけた。


【騎士】になることができれば、三次職があったとしても【聖騎士】など、さまざまなジョブにクラスチェンジできるとも考えた上での判断だった。


 彼は仕事熱心である一方、愛妻家で子煩悩でもあった。学生時代から交際していた彼女との間には二人の子供。彼は充実した毎日を送る中で、もっと時間があればと考えるようになっていた。特に、クローズドベータ版の実施期間が終わってからその思いは一層強くなっていく。


 時間をもっと有効に使えたら、彼は愛する家族と過ごす時間を増やせるのではないかと考えた。『魂の監獄』のシステムに触れた彼は、現実の一時間がゲーム内では四時間となるその仕組みを利用することで、より多くの時間を手に入れることができると確信した。


 この体験を彼は運営から禁止されていたにもかかわらず、部下たちに共有してしまった。会社の会議などもすべて『魂の監獄』内で行うことによって、より効率的に仕事ができると考えたからだ。


 待望の製品版リリース日当日。彼は部下たちに『魂の監獄』への参加を命じた。目的は会議をすることだが、息抜きにゲームを楽しむことも視野に入れ、部下たちにはお勧めジョブとして、彼が理想とするパーティの一翼を担わせた。


 彼が理想としたパーティはタンク三枚、バフ要員が二枚、そしてヒーラー二枚の七人編成。さすがに初期で【馬飼い】三枚を抱え込んだパーティは成り立たないので、バランスを取ることに。中盤以降アタッカーがいないので火力不足かもしれないが、そこは後々野良プレイヤーを募集すればいい。なぜなら火力キャラは人気があるため、必ず野良にも溢れているからだ。


 当初は彼が【槍使い】スタートの予定だったが、初期ジョブ【馬飼い】を嫌った部下の様子を見てチェンジし、彼が【馬飼い】となりログインをすることにした。


 しかし、不幸にも取引先がトラブったとのことで、ヒーラー役の一人が途中参加となり、まずは六人で始めることに。


 ログイン後彼らはすぐに集まり、ルーキータウンへは寄らず、さらに東のポーロタウンを目指した。理由は簡単、ルーキータウンはすぐに人で溢れ、ゲーム初心者の部下たちに教えるのには適してないからだった。


 そして、最悪なタイミングで最悪なアナウンスが流れる。ツノウサを倒しながらポーロタウンに着いた瞬間、GゲームMマスターからの通達があり、ログアウトできなくなったというのだ。さらにはルーキータウンに戻れとのこと。


 クリア報酬はたったの十億。そんなはした金で時間を奪おうとしている運営に怒りを覚えるも、彼は冷静さを保ち、最短でクリアすることに焦点を合わせた。


 とにかく最短でクリアすればいい。途中でヒーラーを仲間にして、火力担当が数人いればクリアできるだろう。そう考え腐らず己のレベルを上げていく。すべては愛する家族と早く再会するために。


 そんな中、一層クリアのアナウンスが流れる。表示されたユウトというプレイヤーがソロというのは周知の事実。出で立ちからするに魔法使いで、非情に高い火力の持ち主というのは専らの評判。パーティ名【雷光】というのもカッコいいからつけた名前で誰ともパーティを組んでないというのが彼らの見解。将来パーティに加える最有力候補のアタッカーの一人でもあった。


 ユウトがクリア後に落としてくれた情報も役にたった。一層ボスのステータスから二層ボスのステータスを部下たちと推測し、十分に倒せると思った矢先のことだった。


 突然、プレイヤーの一人がボス攻略は待ってくれと言い出した。理由はその階層のボスを倒すとユニークモンスターが出現しなくなるからというもの。


 そんなバカげたことに納得できるわけがない。念のため部下にも確認したが、皆が口をそろえて「クリア優先」と言った。彼らがこの世界に長くとどまる理由などどこにもなかったのだ。


 それは当然十億のためではない。彼は最愛の家族と早く会うため。部下たちもそれぞれ大切な人や友人、家庭がある。


 そう考えるのは彼らだけではないと思っていた。誰もが早くこの世界から抜け出し、現実の大切な人々のもとに帰りたいはずだと。十億円という報酬があっても、それはあくまで一時的な目標に過ぎず、根本的な動機は家族や友人との再会にあると信じていた。


 しかし、その信念は脆くも崩れ去ることとなる。彼らが見ていたのは一つの側面に過ぎないことを思い知ることになるのだ。


 そしてそれを知るときには――――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る