第16話 【雷光】
「そうじゃない! 有紗が持っているのは片手剣! 両手で構えるな!」
「分かっているわよ! でも癖なんだからしょうがないでしょ!」
「正面に集中しすぎるな! 常に周囲を警戒しろ! すり足をやめろ!」
「そんなすぐにはできないわよ! お手本を見せて!」
「…………」
二人の怒声がセントラルシティ南の草原に響き渡る。お互いが顔を見合わすと、一瞬空気が張り詰めたが、やがてどちらからともなく緊張の糸が解れると、途端に笑い声がこだまする。
「ほんっと、悠翔とこんなに言い合うのなんて小学校ぶりね」
「そうだな。童心に帰った気がして嬉しいよ」
昔はこうやってよく喧嘩をしたもんだ。
「それにしても【雷光】って、懐かしいの持ち出してきたわね」
「あれだけみんなに言われ続けてたからな。有紗だったら絶対に分かるだろうって」
雷堂悠翔と光月有紗。お互いの苗字の頭文字をとって【雷光】。いつも一緒だった俺たちを指してのあだ名だ。
「有紗もよく遠くから俺だって気づいたな。髪の毛の色が変わっているのに」
一度たりとて染めたことなんてないからな。俺自身、窓に映る姿を見て、自分ではないような感覚に陥る。
「私が悠翔を見間違えるわけないでしょ……って言いたいところだけど、実は教えてもらったのよ」
「教えてもらった? 誰に?」
「うーん、黒いフードに黒いマスクをした男の人に。その人が私を見ていきなり『ユウトを探してないか』って聞いてきたの。危ない人かと思って反射的に『探してません』って答えたんだけど、なぜか『ユウトが中央広場の噴水まで待ってる』って言ってきて……」
キョウヤか。この借りは大きいな。
「その男はほかの女にも声をかけたりしていたか?」
「いえ、そんなことはなかったと思うけど……」
ってことは手あたり次第声をかけていたというわけではない、つまりキョウヤから見ても有紗はかわいいってことか。誇らしいな。
「さて、休憩はここまで。積もる話はまた夜にでも。今は一刻も早くこのゲームに慣れてもらわないと」
「はい! 今度はお手柔らかにお願いしますよ! 先生!」
おどけるような笑顔を見せる有紗。
日が傾くまで剣を振り続けてから街に戻る。
「頭では分かっているのだけれども、このシステムアシストのせいでバランスが崩れるのよねぇ」
中央広場を目指しながら、剣を振るそぶりを見せる有紗。
システムアシストというのは適正に応じて、動きをサポートしてくれることを指す。
例えば袈裟斬り。左肩から右腰骨に向かって斜めに振り下ろすことだが、振り下ろすとき適正に応じて若干だが補正が入る。また戻る動作にもサポートが入り、より早く元の態勢に戻れる。
ただし片手剣を装備しているときは利き手にしかアシスト効果がない。
有紗は片手剣を竹刀のように両手で持とうとしていたから、利き手である右手にだけサポートが入り、うまくバランスがとれなかったのだ。
また袈裟斬りをイメージするだけで、その適正に応じた速さや威力で体が勝手に動いてくれる。というのもフルダイブ式VRMMOをやるゲームオタクがアバターとはいえ自在に剣を振るうなんて無理だからな。
かなり便利な機能だが、その分弱点もある。
一つは適正依存なのでシステム的な隙が生まれること。これはゴブリンキング戦を思い出してくれれば分かると思う。さすがにあそこまであからさまな隙は生まれないが。
そしてもう一つが、必ず同じ力、速さで、剣筋が同じところを通るという点だ。
魔物と戦っている分にはそこまで気にすることはない……厳密にいえば弱点部位とかのこともあるので微妙だが、それ以上にPVP戦で不利となる。
というのもあらかじめ剣が通る場所がわかれば、剣筋に剣を置いておくだけで弾いたり、躱す準備ができる。さらにはカウンターも合わせやすい。
これらを踏まえて有紗にはシステムアシストを使いこなせるようになってもらいつつ、システムアシストに依存しない戦い方も覚えてもらうのが最初の目標。
「そうだな。筋はいいから有紗はきっと強くなれる……ってほら、冒険者ギルドが見えてきただ」
有紗と過ごす時間はあっという間。早速冒険者ギルドに入ると、プレイヤーたちの視線が俺たちに集まる。
それもそのはず、今俺が並んでいるのは、主にパーティ関連を扱う受付嬢の前。
嫉妬や羨望の眼差しを浴びながら、有紗にパーティ加入の申請を送る。
有紗の視界には【雷光】に加入するかというメッセージが表示されているはずだ。
ニコッと笑顔を見せながらタップすると、パーティに入った有紗の名前が視界の左側に小さく表示され、その下にはHPゲージとMPゲージが灯る。
これで有紗がピンチになってもすぐに分かる。
「ようこそ……いや、【雷光】は俺たち二人のパーティだからな。これからよろしくアリサ」
「うん。不束者ですがよろしくお願いします。ユウト」
有紗と手を取り合い、俺たちはセントラルシティの夜景を見つめながら、新たな冒険の始まりを感じていた――――
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