第15話 現実世界
「
ありきたりな言葉しか、今の私には彼女を慰める術がなかった。
ゲームのことはまったく分からない。しかし、有紗の部屋のテレビから流れるアナウンサーの深刻な声色だけで、事態が非常に悪いことは察しがつく。
それは芳子も同じ。床にしゃがみこみ「なんで有紗だけこんな目に」と、未だ涙が枯れることはなかった。
にしても悠翔がなかなか戻ってこない。部屋で調べてくると言って、もう一時間は経とうとしている。こういうときはゲームに詳しい悠翔から励ましてやるのが一番だというのに。
医師が同乗した救急車が到着したのはさらに一時間後のことだった。
医師は手際よく有紗に点滴を施し、救命救急士が説明を始めた。部屋の温度を適切に保ち、自宅で見守ること。ニューロギアを強制的に外すと、脳に悪影響が出るので絶対に外さないこと。なるべく早く入院できるように手配をするが、それまではこのままの状態を保つようにと言われ、救急車はまた別の現場に向かう。
「芳子ちゃん、もしかしたら悠翔が何か情報を得たのかもしれないから、一緒に行こう。この部屋の窓を開けておけば、悠翔の部屋からも見えるから」
さすがに悠翔のことが気になる。しかし、芳子を一人にすることはできない。何度か説得し、しぶしぶ頷く芳子の手を引っ張り家に戻る。
「悠翔っ!?」
一瞬、目の前の光景が理解できなかった。なぜ悠翔までニューロギアを被っているの?
「さゆちゃん! これ!」
芳子が涙を流しながら持っていた手紙にはこう書かれていた。
『有紗の手を握ってくる』
――――三日後
全国で意識不明者が五万人を超えたというニュースが流れた。近所で一人暮らしの人がいれば、気にかけてほしいという注意喚起と共に。
その中には笑顔が可愛らしいアイドルの夢咲香織を始め、プロゲーマーたちの名前も含まれ、配信者とプロゲーマーの区別がつかない私は耳をそばだててはみたものの、悠翔の名前は出ることはなかった。
また、Live配信していたチャンネルも見られたのはほんの数時間だけで、見ようとしたときにはどのチャンネルも切断されていた。
――――一週間後
代り映えのしないニュースだけでは飽き足らず、最近はネットでも積極的に情報を集めるようになった。
テストサーバーというのに参加した人が、とにかくアバターに慣れるまでが大変。しかも基本死にゲーだから、それを死なずにやるとかは無理。クリアできたとしても年単位で時間がかかるだろうという書き込みに対し、多数の賛同者がいたのに恐怖を覚えた。
悠翔は最初からそんなゲームというのは知っていたのだろうか? もしも知っていて参加したのだとしたら希望はあるかもしれないけど、もしそうでなければ……考えるだけで寒気がする。
また、私たちと同じように子供が『魂の監獄』に捕らわれてしまった親たちの悲痛な叫びが書き込まれていた。
中には数か月前に娘がネットゲームでトラブルに巻き込まれ自殺、そして兄が今回『魂の監獄』に参加し意識不明というゲームに家族を壊されたと嘆く人の姿も。
子供だけではない。現実世界では一時間でも『魂の監獄』では四時間なので会議に使おうとしていた会社員や役員、さらには社長までも閉じ込められてしまったという。残された家族や子供からも不安で、夜も眠れないという書き込みもあった。
見なきゃよかった……後悔していると、ある書き込みが目に飛び込んできた。それは、被害者たちを移動させているという情報だった。
できればそのままと言われていた私たちは考えもつかなかったが、もしも移動させていいのであれば、二人を傍にいさせてやりたい。それは私や芳子だけでなく、お互いの夫もだった。
そんな思いから病院に電話をし、悠翔を移動していいかと確認を取ると、あっさりと承諾を得られた。しかし、それは救急隊がやるとのこと。
待つこと十分ほど、救急車は家の前に止まり、悠翔を運び出す。
有紗の部屋に運び込み、隣に寝かせてやると、今までピクリとも動かなかった悠翔の右手がゆっくりと動き出す。呼応するように有紗の手が悠翔の手の下に潜り込む。
二人の手が重なった瞬間、ゆっくりとだが力強く悠翔が有紗の手を握る。
それは奇しくも、セントラルシティの噴水前で手を取り合った時間と一致していた――――
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