第14話 噴水前

 ――――ログイン一ヵ月後


「またここにいたのか?」


 中央広場の噴水前で腰を下ろす俺の背後から呆れるような声が響く。


「『魂の監獄』にインした目的はこれだからな」


「二層の攻略は進んでいるのか?」


「いや、ほとんど潜ってない」


【雷鳴士】にクラスチェンジしてから数日は迷宮に潜ったが、それ以来、ずっとこの定位置に居座っている。


 趣味に乗じて【家事手伝い】を選択し料理人を目指してないよな、ここに来るまでにトラブルに巻き込まれて……もしかしたらもう既に……どんどんネガティブな思考に陥り、今は戦闘どころではないのだ。


 顔見知りのプレイヤーたちには俺を探している人を見かけたら、中央広場で待つようにと伝えているが望みは薄い。なぜなら彼らも迷宮に潜りっぱなしだから。


 生産職やファーマーを選んだプレイヤーも俺が一層を踏破してからようやく増えてきたが、戦闘職に比べればまだまだ少ない。彼らにも声をかけ、できる限りのことはしているつもり。


 そんな俺に対し、キョウヤは大きなため息を立てて訊ねる。


「ユウトが一層を攻略してからというもの、一層でユニークモンスターのレッドキャップの目撃報告がめっきり減った。これが何を意味するか分かるか?」


 ユニークモンスターが減った? ってことは……。


「クラスチェンジアイテムが手に入りづらくなったのか?」


「御明察。前線で戦う者たちのレベルは10を超えてきた。もうそろそろ次のクラスチェンジも意識するころ。しかし、それがなくてどうしようかと迷っているプレイヤーがいるということだ」


「だったら二層のユニークモンスターを狙いにいけばいいんじゃないか?」


 一層がいないのであれば二層でというのが理。しかし、キョウヤは首を振る。


「それはそうなんだが、基本職をマスターしてしまったプレイヤーがいる。だから二層のユニークモンスターを倒してしまうと無駄に基本職でレベルを上げてしまうこととなり困っている奴がいてな」


 基本職マスターだと!? だとしたらレベルが上がってしまう行為は避けないのは分かる。


「で? 俺が持ってないか確認しに来たわけだ。マスターしたのはキョウヤ、お前だな?」


 当てずっぽうで言ってみたが、どうやら正解だったようで、後ろに立つキョウヤから「そうだ」と低い声が漏れる。


 俺のアイテムストレージには【真理の書】が二つ。一つは有紗に渡す分としても、もう一つは余る。


「貸し一だからな」


 アイテムストレージから取り出し、背後にいるであろうキョウヤに渡すため【真理の書】を頭上に掲げた。


 キョウヤがそれを取ったのか、【真理の書】を持っていた右手は軽くなるが、すぐにまた同じくらいの重みを感じた。


「これでチャラだ」


 ゆっくり手を戻し、渡されたアイテムを見て驚愕した。なんと、それは【求道者の書】だったのだ。


「おい!? さすがにこれは……!?」


 急いで振り返るもそこにはもうキョウヤの姿はなかった。


 どこでこれを入手した!? 【真理の書】を持っていないのであれば【求道者の書】よりかは必要だが……このまま受け取っていいのか考えながらゆっくりと流れる時間を過ごした。




 ――――夕方


 日が傾き始め、セントラルシティの中央広場が宵闇に溶け込むような橙色に染まりゆく。

 昼間の喧騒が少しずつ静まり、柔らかな風が石畳をなでる。


 俺は広場の片隅に腰を下ろし、何度も見慣れた景色を眺めながら、ただ一人を待っていた。


「……ふぅ。今日も空振りか……」


 ぽつりと漏れた呟きは、沈みかけた太陽に吸い込まれていく。

 重い腰を上げようとした、その瞬間――


 鼻腔をくすぐる、懐かしくも忘れられない香りがふわりと届いた。

 同時に、電流が走るような感覚が背筋を駆け上がる。


 ――隣に、誰かが座る気配。


 投げ出していた右手に、そっと何かが触れた。

 温かく、震えるほどに繊細な感触。


「待ち合わせですか?」


 透き通るような旋律が、鼓膜を優しく叩く。


 俺の喉が、かすかに震えた。


「はい。四年前から――」


 言葉を紡いだ瞬間、隣の気配がわずかに揺れる。


「酷い人ですね。会えそうですか?」


「ずっと会えないと思っていました。でも……会えそうです。あなたはどうしてここに?」


「私は――……」


 声が詰まる。

 触れていた手が、小さく震えた。


 迷いが伝わるようで、俺はそっとその手を握った。

 すると、遠慮がちに、けれど確かに、握り返してくる。


「人を探しに、ここまで来ました。ずっと……ずっと私の口から言わなきゃいけないことがあって……でも言えなくて……」


 言葉が、途切れ途切れになる。

 息を吸う音が、かすかに震える。


「そうですか。僕も思い出しました」


 自分の声が震えているのか、彼女が震えているのか、もう分からない。


「言わなければいけない言葉。……聞いてくれますか?」


 夕闇に包まれる中で、彼女がそっと首を縦に振るのが伝わった。


「遅くなっちゃったけど……誕生日おめでとう、有紗」


「……うん、ありがとう……悠翔」


 セントラルシティの広場は、宵闇の中で橙色に染まりながら、俺たちの再会を優しく包み込んでいた――――



-----あとがき-----


こんな感じで物語は進んでいきます。

もしよろしければ★★★をいただければ、嬉しいです。


-----あとがき-----

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