第12話 有紗

「よかったら……あの……俺と付き合ってくれ……」


 初めて悠翔に告白されたのは中学一年生夏休み前の金曜日のことだった。


 驚きの言葉に胸が高鳴り、嬉しさのあまり声が出なかった。心の中では「私もずっと好きだった」と何度も叫んでいるのに。


 悠翔が剣道を始めれば私も同じ道を歩み、悠翔が日本有数の中高一貫校を受験すると知れば、親に頼み込んで塾に通うほど好きだった。母はそんな私をストーカーと笑っていたが、私自身もそう思う。


 しばらくの間、声を出せずにいると、悠翔はその場から逃げ出してしまった。


 明日私の想いを伝えよう。そう決心しながら、悠翔が通ったと思われる道を一歩一歩踏みしめて帰る。



 家に帰ると、早速母に告白されたことを報告した。


 私は常々母に悠翔のことを相談していた。クラスが離れたり、悠翔が他の女の子からデートに誘われたり、告白されたりするたびに、母は私の気持ちを慰めてくれた。だからこそ、安心させたかったのだ。


 母と話に花を咲かせ、人生の絶頂にいるかのような幸福感に包まれていたその時、それは起きた。


 突然意識が遠のき、目を覚ますと近くの病院のベッドに寝かされていたのだ。


 体調に異変はなく、診察の結果も特に問題は見つからなかったが、念のためにと国内有数の病院で一週間ほど検査を受けた結果、『刻命病』と診断された。


『刻命病』とは、その名の通り、命が刻まれていく奇病らしく、発症率は天文学的数字とのこと。


 歳を重ねるごとに活動時間が短くなり、二十歳の誕生日に必ず死ぬと宣告された。


 それ以降、家の中の空気は一変した。いつもは気丈に振舞う母も、私が自分の部屋がある二階に上がると、下からむせび泣く声が聞こえてくる。感情を滅多に表に出さない父も一緒に。


 私自身、どうすればいいのか分からなくなった。悠翔に私の想いを打ち明けるべきかどうか母に相談しようとしても、母の必死に涙を堪える姿が目に浮かび、言葉を飲み込むしかなかった。


 結局私は答えを出せなかった。その後も悠翔は何度か告白をしてくれたが、中学校の卒業式で告白をされたのを最後にそれもなくなった。


 悠翔が学校に来なくなってしまったのだ。


 もしかしたら私のせい? と自責の念にも駆られたが、悠翔はそんなに弱くない。私のことなんかすぐに忘れると言い聞かせ、ただ時を過ごした。


 高校になると活動時間がさらに減っていった。意識を失うギリギリまでカーテン越しの悠翔を眺める毎日。次第に私も学校に行かなくなった。


 ある日、母が悠翔のお母さんに私の病気のことを告げたと打ち明けた。塞ぎ込む私のことが見ていられなかったと。


 母の声は震え、床には涙が模様を作る。


 もう悠翔のことは忘れよう。そう心に決めた瞬間だった。


 休みがちだった学校にも行くようになり、残りいくばくかの時間を精一杯過ごす。


 友達とカラオケに行ったり、食事に行ったり。家族とは旅行にも行ったりした。


 しかし、年に2回、私の決意を揺るがす行事が催される。

 

 それは私と悠翔の誕生日会。私としてはもうやめたかったのだけど、母とおばさんがあまりにも強引にことを進めるものだから結局はやることに。


 そして悠翔と会うたびに思い知らされる。私がいかに悠翔のことが好きなのかを。悠翔がゲームの配信をしているということを知ったのも誕生日会でのことだった。


 忘れようと思ってもやはり心は悠翔を求めていた。毎日のように悠翔の配信を見て何度か私もゲームに挑戦してみたものの、悠翔のいる世界には到底追いつけない。


 昔から悠翔は何をやらせても一番で、そんな悠翔が誇らしかったが、このときだけは違った。


 そんな日常を過ごしていたある日、『魂の監獄』というゲームが新しく発売されるというのをニュースで見た。


 聞けばそのゲーム内での時間は現実世界の四倍も長く感じるようで、悠翔が配信中『魂の監獄』をプレイするということを聞いて、あることを思いつく。


 有紗としてではなくゲームのプレイヤーであれば、病気も気にせず接することができるのではないだろうか?


 でも私はゲーム初心者。少しでも悠翔よりも先にプレイしないとすぐに追いつけなくなっちゃう。


 だから私はニューロギアを『魂の監獄』リリース開始時刻の九時から装着したのだ。悠翔にゲームをさせないでとおばさんに頼んみこんだのもそのため。


 ゲームを開始して名前を決める。正直キャラクターを作るのに一番時間がかかったのがここ。


 有紗はダメ。でも変な名前にもしたくない。


 色々な葛藤はあったけど結局はアリサにした。心のどこかで悠翔に私と気づかれたいという想いが捨てきれなかった。


 ジョブというのも分からなかったけど、【剣使い】を選択。それは悠翔を追いかけて始めた剣道で全国に名を馳せたことがあるから。


 キャラクターも可愛く作り込もうと思い、悠翔が好みのロングヘア―から選ぶ。これは悠翔の友達から聞いたことだから間違いない。


 他にも身長や声、体型など選択しないといけなかったけど、私が知っている悠翔のタイプは髪の毛が長いということだけ。結局はそこそこに切り上げ、ついにゲームの世界に降り立った。


 立っていたのは緑豊かな草原。


 フルダイブ式MMOというのを初めてやったからか、歩くことにも違和感を覚える。ゆっくり歩いているつもりでも流れる景色は思いのほか速い。


 次は腰にぶら下がっていた剣を抜き、構えて素振りをしてみると、今度は何かの力が邪魔をしているのか、思ったように剣を振れないことが分かった。


 良かった、悠翔より早く『魂の監獄』をプレイしていて。


 そう思ったのはプレイして五時間経ったころまで。




 ――――どうしてこんなことに。


 ルーキータウンに押し寄せるプレイヤーは混乱し、ところどころでプレイヤー同士で言い争う声が飛び交っていた。


 急にログアウトできないと告げられ、クリアするまで出られないと言われると、例え報酬が十憶と言われても納得できないのは無理もない。


 ゲームのテストサーバーに参加したという男の人が声をかけてくれ、このゲームをクリアするのは不可能、だから今を楽しもうと気を遣ってくれる人もいた。


 でもそんな気持ちには到底なれない。


 このゲームをプレイしなければ……脳裏に浮かぶのは私のことで泣いてくれた母、表情には出さないけど常に私のことを心配してくれている父。それに悠翔のことだった。



 気持ちに整理をつけ、改めて前を向いて進もうと決めたのは、プレイ開始から三日後のことだった。


 ずっと宿に籠って枕を濡らしていた私は剣を片手に街に出る。


 街はすでに平穏を取り戻し、この状況を悲観している者は少なく、むしろこの状況で良かったと満足そうに語っている人の方が多数派に見えた。


 どうやらこの街には現役の女性アイドルがいるらしく、神聖魔法が使えることと可愛らし気な容姿も相まって【聖女】と呼ばれているらしい。そんな彼女と一緒にいられるのだから、この世界が……ゲームが終わってほしくないとさえ呟く者すらいるほどだ。


 私も悠翔がいれば、この状況だって受け入れられたのかな……そう思いながらも、自分の力で少しでも状況が打破できるように魔物を倒しにいくことに。


 しかし、ルーキータウンの街の周辺はプレイヤーで溢れ、魔物一体倒すのに数十分かかってしまう。


 しかも女一人でいるからか、男性プレイヤーが声をかけてくることが多く、話を断るのにも時間がかかる。しまいには宿まで尾行してくる人たちも少なからずいた。


 いくらシステムでセキュリティが確保されているとはいえ、薄い壁の隣には知らないプレイヤーがいると考えると怖くなってくる。


 さらに私を恐怖に陥れる出来事が。


 それは宿の窓から外を眺めていたときのこと。突然街を歩くプレイヤーが消滅したのだ。一人二人でない。何十人も。聞けばもしかしたら現実世界で餓死したのではないかとのこと。


 私の場合はたぶん大丈夫……きっと母がそばにいてくれるはず。あわよくば近くに悠翔も……。 


 なんとか心を落ち着かせ、周囲に誰もいないか確認してから街を出て、少しずつ魔物を倒す。そんな日々を暮らしていた二十日目の昼、頭にアナウンスが流れ、それが表示された。


「プレイヤーの諸君、今日はいい知らせがある。視界の上部を見るがいい」


 この声にいい思い出など一つもない。だから見てやるもんかという思いもあったけど、この世界の情報を少しでも知っておきたい。


 結局はアナウンス通り、視界上部を見つめていたが、その文字が流れた瞬間、借り物の身体に血が通う感覚に襲われた。



 ベリグランド迷宮一層クリア

 ハーティ名【雷光】

 パーティリーダー名【ユウト】



 その瞬間、私の心に希望という文字が鮮明に浮かび上がった。心臓が高鳴り、全身に力がみなぎる。彼がここにいる、そう確信した瞬間、私の世界が一気に色を取り戻した。長い闇のトンネルの先に、一筋の光が差し込んできたのだ。


 悠翔が――ユウトが、この世界にいる。それだけで、私の決意は鋼のように固まった。どんな困難が待ち受けていようと、彼と再び出会うために進むのだと――――

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