第3話 雷魔法使い

 転移した先は草原。そこにたった今参加インした思われるプレイヤーたち数十人が周囲を見渡し感嘆の息を漏らしていた。


 プレイヤーの仮想体アバターは作られたかのように美男美女で、誰一人お腹が出ている者はいない。


 空を見上げると太陽は草原の上に燦々と輝き、その眩しい光はまるで俺に向けられたまばゆい注視のようだった。風は草原をなめるようにかすかに吹き抜け、その音はまるで自然界の歌声の一部であるかのように耳をくすぐる。


 これがフルダイブ式VRMMOの醍醐味、風や匂いをニューロギアを通じて感じ取ることができるのだ。


 東にはうっすらと街のシルエット、街を目指しているのか長蛇の列が伸びている。あれがベリグランド最初の街、ルーキータウン。


 俺もルーキータウンを目指し、草原を駆ける。


 駆けながら右手の人差し指と中指を揃えてから手首のスナップを利かせて真下に振った。


 これがメインメニューを開くモーションだ。メインメニューオープンと声に出しても開く。


 まずはログアウトできるのかの確認。


 予想通りクローズドベータ版のときにあったメインメニュー右下のログアウトボタンは消えていた。


 次に確認するのは俺のジョブ。


 メインメニューを開ける前から気づいていたが、オーバーレイ表示された左上のHPバーとMPバーの右に書いてある数字を見るからに、どうやら魔法使い系っぽい。


 HPを示す緑色のバーの右には隣には58/58、その下のMPを示す青色のバーの隣には65/65と表示されている……つまりHPよりもMPの方が高いジョブという可能性が高いのだ。


 魔法使い系かぁ……はずれだな。


 というのも魔法を使うとCTクールタイムが発生し、同じ魔法を再度使うのに時間がかかってしまうのだ。


 魔法使いが真価を発揮するのはパーティでの戦闘であって、ソロ攻略には向いていない。


 心の中で舌打ちをしながら自分のステータスをチェックすると、思わず「えっ?」という言葉が漏れた。



【名 前】ユウト

【ジョブ】雷魔法使い(0/14)

【状 態】良好

【L V】1

【H P】58/58

【M P】65/65

【筋 力】33

【敏 捷】34

【魔 力】40

【器 用】34

【防 御】33

【魔 防】36

【適 性】火魔法G(0/10)・風魔法G(0/10)・水魔法G(0/10)・雷魔法G(0/7)

【重 量】0/33

【アクティブスキル】

・《ライトニング》

・《ファイア》

・《ウォーター》

・《ウィンド》

【パッシブスキル】

・-



【雷魔法使い】だと? こんなジョブクローズドベータ版にはなかった。魔法使いの基本職は、火、氷、風、土、水の五種類と光と闇、そして神聖魔法だけだったはずだ。相克関係は火>氷>風>土>水>火となる。


 一体雷魔法とはどういうものなんだ?


 魔法一覧から雷魔法の《ライトニング》を選択し、火魔法の《ファイア》、風魔法の《ウィンド》、水魔法の《ウォーター》と比較してみる。


《ライトニング》

【MP】20

【CT】90

【威力】50

【詳細】対象に雷属性でのダメージ。100%の確率でを付与


《ファイア》

【MP】5

【CT】35

【威力】35

【詳細】対象に火属性でのダメージ


《ウィンド》

【MP】5

【CT】20

【威力】20

【詳細】対象に風属性でのダメージ


《ウォーター》

【MP】5

【CT】30

【威力】30

【詳細】対象に水属性でのダメージ



 うーん、消費MPは約四倍でCTクールタイムに関しては約三倍かぁ……使いづらそうだが、感電しだいか。


 しかし、雷魔法が外れだとしても火魔法、風魔法、水魔法の適正がG。


 普通であれば雷魔法の適性しかつなかないはずだが……もしかしたら火魔法、風魔法、水魔法の適性がG以上でないと【雷魔法使い】にはなれないのかもしれない。


 これは僥倖。


 なぜなら『魂の監獄』では適性が非常に重要で、どんなにステータスが高くても適正が低いと良いジョブに就けないからだ。


 俺が【騎士】を目指していたのに【馬飼い】のジョブに就こうとしたのも適正のため。


 クローズドベータ版と変わってなければ【騎士】になる条件は二つ。


・剣術、槍術、斧術、弓術のいずれかの適性をF以上

・馬術の適性をF以上


 まだ他にも確認したいことがあったが、長蛇の列から少し外れたところに、尖った角を持つウサギの魔物、ツノウサが視界に入った。


 ツノウサは『魂の監獄』で最弱となる、謂わばチュートリアル的な魔物。攻撃手段は尖った角での突進と噛みつきだけ。


 街に入る前にこいつでいろいろ試すか。


 まずは回避から。


 近づくとツノウサは俺に気づき、縮こまり脚に力を溜める。


 これは突進してくるときの予備動作。


 脚が伸びた瞬間、俺に向かって跳びかかってくるが大したスピードではない。ヒラリと躱すと大きな隙を見せる。


 何度か躱し、問題なく体を動かせることを確認すると、いよいよ俺のターン。


 こいつで《ライトニング》を試してみるか。


 深呼吸をし、右手を前に掲げて叫ぶ。


「《ライトニング》!」


 右手からは紫電が迸り、瞬く間にツノウサに着弾。


 ツノウサの頭上に表示されている緑色にオーバーレイ表示されていたHPバーが一気に減り、赤く塗りつぶされた。


 一撃では倒せないか……レベルが上がればそのうち倒せるようになるだろう。


 あとはこのマヒがいつまで続くのかだが、結論からいうと5秒だった。


 五秒後には瀕死にも拘わらず先ほどと同じ動きを見せるツノウサ。


 MPがもったいのでぶん殴って止めを刺すと、色鮮やかなガラスのように砕け散るエフェクトとなり消え失せるツノウサ。


 まぁこんなものか――――


 そう思った瞬間、突然頭に機械的な声が響く。


 どうやら聞こえているのは俺だけでなく、長蛇の列を作っていたプレイヤーたちも同じようで、周囲をキョロキョロと見渡していた。


『ようこそ、我が『魂の監獄』へ!』


 これは配信で聞いたのと同じ声。


『ニュースやスマホを見ていない者もいるだろうから改めて説明させてもらう。現在この『魂の監獄』からはログアウトできなくなっている』


 当然知っている者ばかりと思っていたが、そんなことはなく長蛇の列を作っていた者たちはステータスオープンと言いログアウトを試みる者が多数だった。


 ここにニュースを見る奴なんていないか。俺も有紗の家に行ってなかったらネットニュースすら見ないからな。


 知らなかったからインした途端、無邪気にはしゃいだり、寝っ転がったりした奴がいたのかと納得。


 そんなプレイヤーたちをよそに機械音は続く。


『ログアウトするには、ベリグランドの中央に位置するセントラルシティの地下迷宮最深部に待ち構えるボスを倒しゲームをクリアしなければならない。しかし、ただただクリアを目指すだけでは面白くないから、少し趣向を凝らさせてもらった』


 ゲームクリアでログアウトできるとは知っていたが趣向を凝らすだと?


『一度でも死ぬと、諸君らが装着しているニューロギアから特殊な信号が送られ意識不明、最悪死に至るという工夫をな。これに限っては驚く者はいないだろう。なにせこのゲームは覚悟のある者だけに捧ぐフルダイブ式VRMMOとあらかじめ銘打っているからな』


 直接頭に叩き込まれたメッセージに対し、狼狽えるプレイヤーたち。


『しかし、中には聞いてなかった、覚悟がなかったと狼狽える者もいるかもしれない。だが安心してくれ。そんな者たちのヤル気が出るようにクリア報酬は用意してある』


 そういえば解放条件は聞いたがクリア報酬は聞いてなかった。


 ざわつき、狼狽えていた周囲にいたプレイヤーたちが耳を澄ますかのように鎮まる。


『報酬はこのゲームの売り上げの一部である十億。あともう一つあるがそれはクリアした者のみに伝えることとする』


 十億という言葉に静まり返っていた者たちは声を張り上げ、それぞれが誓う。


「十億あれば人生大逆転!」

「一生遊んで暮らせるぜ!」


 お金で喜んでいる者たちはこのゲームのことを知らない者なのだろう。


 ボス部屋に挑戦できる人数は二十人まで。ラスボスを二十人で倒すとなると一人頭五千万円の配当。命をかけてまでやるには値しない。


 それにこんなことをしでかす奴だ。クリアしたとして本当に貰えるかどうか疑わしいかぎり。


 だからこういう声も。


「その証拠を見せろ!」

「今すぐ出せ! でなければ訴えるぞ!」

「息子のご飯を作らないといけないの!」


 ポジティブな者とネガティブな者の割合は4:6くらい。それでも淡々と続く機械音。


『最後となるが、私からささやかなプレゼント諸君らに授けたい。既に受け取った者はいいが、まだの者がいればルーキータウンに来ることだ』


 プレゼント? 胡散臭いが有紗を探すために寄ろうと思っていた街だ。


 待ってろよ、有紗。


 一刻も早くこのゲームから解放し、いつもの日常に戻してやる!

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