079:妥当性
アーデンは演習場の大通りを北上しながら、隣を並走するピースへ問うた。
「連中を見逃してよかったの?正直、其処まで手こずる相手には相手には思えなかったけど?」
ピースが肩を竦める。
「勿論、勝てはしたでしょう。然し、手こずらないと言うのは、些か過小評価ですよ。あの手合いのヤツは追い詰められると何をしでかすか、分かったもんじゃあないですから」
「そう言うもの?」
「ええ、そうですとも。あのKVVの奴は典型的な自惚れ屋ですが、あのM90 の男は自らを弁えた詐欺師です。おまけに下手に責任感が強い」
「ソレって矛盾してない?」
「そうですよ。だから何をやってくるか分からない。奴が本当に座標を他の連中へ伝搬したか否かと同じ様に判然としない。個人的な読みでは、ハッタリだと思いましたが…」
「真偽を確かめる術はあの時の私達に無かった。それは間違いないけれど。交換条件として提示された連中の事前通告の内容ってのは結局、如何なの?連中を見逃すだけの価値はあった?」
ピースはA18へデータを送付する。名簿とアドレス、そしてラムゼイ達数人に向けて送られてきた悪辣な通告文。その全てが彼女達のディスプレイに表示される。
「まあ、最低限は…カルホーン担当官のバランス感覚がイカれている事ぐらいは、分かっただけ価値があると言えるでしょうね」
ピースの気まずそうな物言いに対して、アーデンの方の反応は余りに快活であった。
「ハハハ、笑えるわね。まるでウチの親父が書いた借用書みたいな条文じゃない」
「つまり?」
「
「小賢しいのは間違いないでしょうよ、あの飛行船から、覗いてる担当官と同じくらいには…」
********
上空8000mに浮かぶ菱形六面体の飛行船。その中で、カルホーン医務官は狂喜に打ち震えていた。
「興味深い、興味深い、興味深い。小賢しく、情緒に溢れ、合理的でもある」
潰えて久しい衛星カメラと同程度の性能を誇る光学レンズは、地面に落ちたボルトの一つすらも克明に映し出す。現在、ディスプレイに映っている他でもないラムゼイ達の一隊である。
「損害は出ている様だが、総じてかなり上手く切り抜けたと言えるな。全滅する可能性も大いにあった。そうだろう、スペンサー中佐?」
スペンサーは携帯端末から顔を上げ、肩を竦める。
「かなりギリギリでしたがね。計算づくで出撃地点を設定したつもりなんでしょうが、少し大胆過ぎた様に見えますが」
「実験にリスクはつきものだ。実践で再現されぬ様、実験で試行する。実弾演習と実戦も同じ様な関係だろう?」
「この実技試験に幾ら掛かってるか分かっておいでで?」
「求めよ、さらば与えられん。如是、見えざる手が私を常に導いてくれるのさ」
カルホーンはしたり顔を浮かべ、その禿頭を指先で叩いて見せる。
「総合会議の連中は何を考えて貴方を実技試験の担当官に据えたのか、全く分からない」
「中佐。物事には流れがある。今、こうして実験を眺めているとその片鱗が見えてくる。法則性の欠片が。連中は、それを見つけて欲しがっている。そして、それに一番、向いているのが私だったと言う話だ」
カルホーンは独り言の様にそう言い、ディスプレイを指差す。
「ラムゼイ達はハッタリと情報の取引によって窮地を乗り越え、平均程度の戦闘技能と悪くない交渉術、発想力と応用力を示してみせた。その結果、彼等はKVVと陣地化したスーパーマーケットで態勢を整える時間的猶予を得た」
カルホーンは笑う。
「文句の付けようがない」
「結果論ですよ」
「結果が全てだ。成功を寿ぎ、試行回数を重ねるべきだ。ほら、見てみろ。他の所でも予想通りに戦闘が始まっている」
ディスプレイが切り替わり、複数の分隊が演習の北部で戦闘を繰り広げる様が映し出される。多種多様なNAW。三部隊が数ブロック間に展開し、撃ち合っている。編成の機数は其々、四機、四機、六機という打ち分け。三部隊とも遮蔽に隠れ、膠着状態にある。
スペンサーは携帯端末で彼等の情報を表示する。
これでも、彼女は教導隊の責任者に任命されている。精査しなければならない。仕事は仕事だ。
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