078:緊張緩和
KVVはその巨体と高速によって跳ね飛ばした異形のNAWへ
当初の標的とは違う、M76に取り付いていた気味の悪いNAW。一方のM76の総数は四台。恐らく、オープン無線の男の部下。そして唯一のM90こそが件の男。
個別無線がKVVのコクピットに響く。
「KVVの操縦手。タネーチカ・オルコフだな?何が目的か知らないが、兎角、仲間を救援してくれた事に感謝する。このまま相互扶助の関係を続ける気は無いか?」
息は荒いが、最低限の平静さは保っている。後ろ弾を撃たれる程の無能というわけでは無さそうだ。それに、直ぐに協力を打診する姿勢に今のタネーチカは好感を覚える。自分が出来なかった事を平然と果たしている。
「ああ、問題な…」
そこまで言い掛けた所でM76の一機の機関銃の掃射が終わりを迎えた。それにより、抑えられていた黄土色の怪物が白煙の中から現れる。普遍の微笑みを浮かべるスマイリーペイント。その手には大量のペイント弾によって紅く染まった展開式の防楯が握られている。
そして、それに呼応する様に響き渡る駆動音。KVVの戦斧に吹き飛ばされた筈のA 18が体勢を戻し、更には解放した油圧ブレーカーに再び圧力を充填させた。斬撃は奴の右腕に張り出したスパイクによって防がれ、純然たる質量と速度による衝撃もA 18の奇怪な動作機構によって殺されて様である。
向かい合う6機と2機。
死闘が始まる。そう確信させる緊張感が走る中、オープン無線が流れる。発信元は信じられぬ事に、あの工業用NAWからだった。
「ああ、此方HA―88の搭乗者。開始早々に天下分け目の大戦ですか?」
奇妙な声。朗らかな少女のものであるが、何処か機械的。そして何よりタネーチカのコンプレックスを燻らせる。同じ女に負けたという事実が、彼女に言い様の無い劣等感を覚えさせる。
「馬鹿な話ですよ、不公平ですよ、卑劣でしょう。特に其処のKVVなんて、負けそうになったらいきなり徒党を組み始めて…ねぇ?」
あからさまな挑発だ。だが、何処迄も的確だった。タネーチカがA18から意識を逸らすには充分な程に。
バルカン砲の射線が揺らいだその瞬間、A18は飛んだ。サイドに2回跳ね、照星を絞らせず、的確にM76へ飛び付き、蛇の如くその背後へ回り込んだ。今度の標的は弾を撃ち尽くしたクローデッドの機体。盾にする様にその背中へ纏わり付き、油圧ブレーカーの切先を突き付ける。
クローデッドは台尻で撃墜しようとその手を振るったが、ピストルカービンであるが故に配されたストックがその動作を阻害した。
NAWと生身ではどうしても勝手が違う。彼女は歯噛みしながら、無線に愚痴る。
「どっちが卑怯よ、この阿婆擦れ」
A18の方から忍び笑いが響いてくる。
「卑怯云々はピースが勝手に言った事よ、そして貴女に飛び付いたのも私の勝手な判断よ。文句を言うなら、気を抜いたKVVの子と貴女自身に言うべきでしょう?」
ラムゼイが恐ろしき女の口喧嘩へ割って入る。
「HA—88の搭乗者の名前がピース。それでA18の方は何と言う名前で?」
要望通り、A18の方から無線が飛ぶ。
「アーデンよ。言っちゃ何だけど、ピースとは十数分前に不戦協定を結んだばかり」
グラントが予備の弾倉を取り出しながら言い募った。
「今はそんな事を言ってる場合じゃないだろ」
アーデンがこれ見よがしに油圧ブレーカーでM76の薄っぺらい背面装甲を小突く。
「そうね。其処の軽機関銃持ちのM76もリロード出来る立場じゃないのは分かる?御仲間の背中に杭が突き付けられてるのをお忘れなく…」
ピースが合いの手を入れる。
「既に一匹は、前後不覚の上に右腕が不髄とキてる。おまけに、頼みの綱の銃器も其処のデカブツを残してみんな空っぽなんだろ?ステゴロでやり合いたいなら、それで良いが勝てる見込みは何処にある?」
何処迄も挑戦的にピースは嘯き、勝ち誇った様に防楯を翳し、丸鋸を空噴かす。
「さっきの様に上手く行くとは思うべきじゃないな、微笑みデブ」
タネーチカが忌々しげにHA−88のスマイリーペイントを揶揄する。とはいえ、八方塞がりである事に違いは無い。A18の存在は余りに不穏に過ぎた。奴も同程度の実力なら此方に勝ち目は無い。良くて片割れを相打ちに持っていけるか、否か。
然し、彼女の罵倒に応えたのは当の本人ではなく、ラムゼイだった。
「そうとも、上手く行く訳じゃない。お互いに、な」
ラムゼイは沈黙を齎す。間延びした話し方をする。
「今、此処に居るのは我々だけだ。だが、後数分と経たずに他の分隊の連中がくる。混戦の中に万全の状態の高性能NAWが突っ込んでくる、硝煙弾雨を降らせてくる。共倒れと行こうじゃないか?」
アーデンが朗らかに問い掛ける。
「その確証が何処に?座標はまだ割れていない筈よ。音だけで位置が割れる?」
「既に割れているとも。私が直接、他の連中へ座標を送ったからな。それに、俺たちがアンタらと交戦中にある事はオープン無線での担当官との対話で周知の事実だ。目敏い連中は来るだろうさ」
ピースは笑う。
「それで?」
ラムゼイはゆっくりと返答した。
「互いに手を引くべきじゃないか?大なり小なり損害は何方も被ってる。より確実な状況で闘いに臨むべきだ。最後までやるつもりなら受けて立つが、アンタは最初こう言った。呆れた様に『開始早々に天下分け目の大戦ですか?』。そっちとしても試験について戸惑ってる様に見える」
ピースからの返事はなし。ラムゼイは言葉を重ねる。
「アンタらは恐らく、事前に情報を伝えられていない。我々が事前に部隊を組んでいるのとは対照的に、其方の相方が臨時的に不戦協定を結んだばかりと言ったのがその証左だ」
「KVVの方は違う様ですが?」
「彼女は恐らく、一匹狼だ。そうだろう?」
ラムゼイは当てずっぽにそう聞いた。頼むから、調子を合わせてくれと願った。
「そうだ」
タネーチカは即座に肯定する。一匹狼という言葉選びが気に入ったからこそ、素直に返答出来たのだろうと、後になって思う。
ラムゼイは心中で感謝しながら、条件を持ち出す。
「この情報は数人にしか開示されていない。だが、今此処でそれを渡す事は出来る。引き換えに白紙講和でどうだ?それとも開始早々に絶滅戦争を繰り広げるか?」
暫しの無言、恐らく2機の間で短いやり取りがあったのだろう。そして、ラムゼイの個人無線へピースのものと思わしき携帯端末のアドレスがコードとして送信される。
ラムゼイは直ぐに、アドレスの入力、データの送信ボタンを押そうとした。
然し、それを待つ事なくA18の尾が鎌首をもたげ、その尾先に装備された迫撃砲から白煙弾を発射する。辺りは白煙に包まれる。
遠ざかる二機の足音だけが、響く。その音が止むまでラムゼイ達は動けなかった。白煙中の混戦であの二人に勝てる道理は見当たらない。ただ嵐が過ぎてくれるのを静かに待った。
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