077:敵の敵、故に彼女は与した


 終わりを悟り、その手で自らの目を覆ったタネーチカは、予期していた衝撃が訪れなかった事に困惑した。ディスプレイへゆっくりと視線を戻すせば、そこに写るのは逆立つコンテナの鋼鉄の壁。中身は伽藍堂。KVVの身体はその中に埋もれている。


 無慈悲な回転鋸の嗎は途絶え、あのイかれたスマイリーペイントも消え去っていった。残ったのは、眼前を飛び交ったペイント弾の赤い弾痕とアスファルトに刻まれた四脚の足跡だけ。


 タネーチカが現況を理解するのに少しばかりの時間を要した。


 無線から聞こえた問答を察するに、奴は何者かの、それも統率の取れた集団による横槍を受け退避したのだろう。奴がタネーチカへトドメを刺そうとしていた状況を鑑みるに、間違いなく完璧な不意打ちを喰らった筈だが、それで奴が死んだとは如何しても思えなかった。

 それとは真逆に、此処にいれば再び自身にトドメを刺しにやって来るという確証のない恐怖を覚える。


 恐怖から目を逸らす様に、タネーチカは機体の状態を確認する。


 損害は、多銃身機関砲一門と右側の履帯。軽微と言えば軽微だろう。

 武装はまだ残っている上に、KVVの履帯は特殊な仕様である。第二次世界大戦中に一部の装甲車両で用いられたクリスティー式サスペンションと構造を同じくする足回り。履帯の断裂如きで走行不能になる訳じゃない。巨大な転輪は合瀬樹脂製タイヤカバーによって覆われ、履帯が外れても装輪として機動できる様に設計されているのだ。


 戦斧を振り下ろし、左側の履帯を破壊する。履帯は前輪を滑り落ち、レッドカーペットの如く地面へ伸びる。


 舗装されたアスファルトの上では、履帯より装輪の方が機動性は高い。最初から、この状態であれば、もう少しマシな闘いぶりを見せられただろうか。そう言った疑念が頭を過ぎる。ただ、それをしなかったのはタネーチカの傲慢さによるものであるし、そうでなくとも自身は明らかなミスを犯している。


 協力者の不在。浅はかなる個人主義。故に、孤立無縁。


 それは強者にだけ許されるものだとタネーチカは知っている。そして、これ迄の人生において彼女が強者でない事など一度としてなかった。

 彼女の父は第六複合体の資源開拓部門の重役であり、スロータータウンを建てたGCS社の役員の遠縁に当たる。そして、彼女自身も無能とは程遠い。学業はこの上なく優秀で運動においても他において抜きん出ていた。


 常に彼女は強者であり、それを矜持としていた。


 然し、そう言うものは真の天才でも無い限り、成長に連れて裏切られてゆくものである。

 彼女の場合、ある時を境に身体機能の面において男性にひけを取るのは避け難い事実となった。イカれた機械義肢の改造手術や下呂を吐く事になるホルモン剤に頼らない限りは、それは普遍の事実として聳え立ち続ける

 

 生理学的要因によるものであり、生半可な努力で変わるものではなかった。


 受け入れれば済む話だが、生憎、彼女は諦念に慣れてはいない。代わりに、その肥大したコンプレックスを解決する方法は、或る日、携帯端末に送付されてきたDMによって提示された。軍事部門から送られてきたソレは、プロパガンダじみた代物で第五空白地帯におけるある少佐の活躍について書かれたものだった。曰く、第六複合体の未来が云々。長々と軍事部門の施策の正当性と将来性について賛美していた訳である。

 

 しかし、彼女にとって重要なのは、賛美されているその少佐が女性であり、NAWによって敵と対等に命のやり取りをしているという事実だった。


 そこには、機械の身体による平等なる闘争が幻視されたのである。


 タネーチカは今まで積み上げてきた全てを蹴り飛ばし、軍事部門への志願を決めた。親の制止もあらゆる手段を用いて封殺した。新興の部門へ参入する事の何が悪い。総合会議が空白地帯への進出を望むなら、私は成し遂げてやると言ってやった。


 彼女が言い出せば聞かぬ性格であると両親とも理解していのだろう。

 母は向こう見ずな傲慢ちきのタネーチカへ呆れ返り、父は白旗を上げ自らの教育の失敗のツケを取り返そうと躍起になった。嫁入り道具を必死に用意する遥か昔の典型的親馬鹿の如く。


 開拓部門が砂漠の向こうで掘り起こした崩壊の遺物、KVVをオーバーホールし、新品同然にして贈ってくれた。NAWの操縦も父の部下だという男が専属で教えてくれた。

 凡ゆる手を尽くし、私が後方勤務になる様手を回した挙句、万が一の備えとしてその二つを授けてくれたのだ。少しでも、生存確率を上げる様に手を回し、挙げ句の果てに強固な装甲と手堅い操縦技術を愛娘に持たせた訳だ。


 滑稽な話だ。誰だってそう思う。私も、父も。同様に馬鹿げた事を為しているのは間違いない。それでも、それが最善だと思えて仕方がないのだ。

 

 理屈で語れぬ親の愛も鬱屈した憧れ。いつだって、それが私達を突き動かす。


 そして今。タネーチカは廃墟の真ん中でまた一つ、突き動かされた。

 怒りと執念と共に、恐怖を乗り越える為に。あのふざけた工業用NAWに一矢報いる事を決めた。感情が故に、彼女は鬱屈したプライドを蹴り飛ばした。


 オープン無線で響いた男の声。担当官への問答。あの工業用NAWへの積極的なアプローチ。彼らは協力に値する相手だ。少なくとも、奴を叩きのめす迄は味方に引き込める。


 敵の敵は味方であると歴史は物語続けている。


 タネーチカは装輪を駆動させる。戦闘音の響き渡る方へ、全速力でもって機首を向けた。

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