076:騎兵戦術とその終焉


 かくして、飛来したのは予期せぬ白煙弾の撹乱だった。


 長い長い走馬灯は瞬きの間に終わり、決断の時は訪れた。迫り来る回転鋸の嗎に退くか、進むか。二つに一つの状況下。


 ラムゼイは叫んだ。


「後退だ。白煙の外まで退け!」


 背後でM76の足音が響く中、ラムゼイは展開型の防楯を展開した。地面にスパイクが深々と打ち込まれ、横幅10メートル程の軽合金の壁が張られる。

 銃眼からライフルの銃身とソケット式の銃剣を突き出す。


 一人だけのファランクス。余りに頼り無いが、白煙の中で乱戦に巻き込まれるマシだ。


 そう考えた。次の瞬間には凄まじい衝撃が防楯に走った。

 黄色い微笑みが何の撚りもないぶちかましを繰り出した。ただ、小賢しくも銃剣はスクラップアームのフックによってその切先をずらされていた。


 防楯がひしゃげ、スパイクが軋みを上げる。M60の足が地面を削る。カービンの引き金を引いたが、その銃口は上へとズレている。奴には掠りもしなかった。

 だが、当初の目的は果たした。奴の初撃をいなした。


 ラムゼイは諦めの良い男だ。負け越してきた人生の中で培った数少ない美徳である。


 防楯を蹴り飛ばし、後退する。ふざけた笑みから全力で距離を取る。あっちに行けとばかりに、カービンを撃ちまくりながら。この銃のリコイルの少なさを讃美しながら。

 

 白煙の外へ逃れるその瞬間には、防楯のスパイクがへし折れる嫌な音が響き渡った。


 ラムゼイは無線で叫ぶ。


「一斉射。煙ごと奴を吹き飛ばしてやれ!」


 一足先に煙の外へ逃れ、体勢を整えていた四人は満タンの弾倉を空にする勢いで銃弾を撃ちまくった。斉射というより乱射というのが正確だ。


 だが、ラムゼイ達は未だ知り得なかった。もう一体の捕食者の存在を。


 A18。機動性と隠密性に於いて他の追随を許さないその機体は、HA–88という過剰な迄の陽動によって余りにも容易く獲物の背後を取ることに成功していた。


 藍色の獣が路地の向こうから部隊を覗いている。

 A18の両腕に装備された油圧ブレーカー。合金性の杭がスライドし、力を溜め込む。顔と認識できる要素はその頭部に存在しないにも関わらず、笑っている様に見える。

 

 そして、幸か不幸かその存在に気付いたのはバートンだった。彼の持つ短機関銃は誰よりも早く最初に弾切れを起こした。未だ銃の操作に不慣れな彼は、再装填に視線の移動を要したのだ。


 路地裏の向こうに光る赤い瞳。


 バートンは迷った。そのまま手に取った弾倉を挿入しスライドを引くべきか、無線に叫び散らすべきか。それとも自身が今目にしているのは幻覚か?

 困惑と迷いは致命的な隙を生み出す。


 暗がりから獣が飛び出す。バートンへ喰らいつく。側頭部から生えた双角をM76の首筋へ突き立て、喉首を掻き切る様にそのケーブルを切断する。頭部カメラからの信号の欠如。ディスプレイに浮かぶ『No signal』の文字。


 バートンの視界は完璧に奪われる。彼が最後に認識したのは、首元へ喰らいつく軍隊蟻じみた怪物と手元を離れる弾倉の黒い影だ。


 そして、A18は立ち尽くすM76を四肢で押さえ込み、二の矢を継ごうとする。この時、M76が押し倒されていなかったのは一重にM76の卓越した安定性が為した奇跡だったが、かと言って拘束が剥がれる道理はない。

 右肩を掴むA18の腕部からリバシンの蒸気が吹き出し、重金属の杭が打ち込まれる。完封なきまでにM76の装甲と駆動部を貫徹する。その様は右腕が吹き飛んだと形容して間違いない光景だった。


 バートンへの不意打ちに最初に反応したのは、彼の隣で射撃を行っていたクローデッドだった。


 だが、その弾倉もまた既に弾切れ寸前。ピストルカービンは単発式の機構であるために撃ち尽くすには至っていなかったが、未成熟な射撃技能で喰らいつくA18を的確に撃ち落とすのは不可能に近い。


 A18のもう片方の油圧ブレーカーがコクピット付近へ向けられる。


 照準は定まり切らない。それでも、クローデッドは引き金を引いた。フラッシュハイダーから漏れ出る銃火は微かに、飛び出した37mm弾は限りなく完璧な直線を描き、命中した。

 

 A18のコクピットとの動線上にのたうっていた硬質な尾へ。


 A18はその動きを一瞬だけ止め、その赤い目をクローデッドへ向けたが、その油圧ブレーカーの切先は未だバートンへ向いている。

 

 クローデッドは後悔と絶望の呻きを漏らす。

 しかし、杭がM76へ再び打ち込まれることはなかった。次の瞬間、A18の身体が吹き飛ぶ。何かの巨影が奴へ衝突したのだ。アスファルトを削る様な装甲音と共に。


 クローデッド、サキ、ラムゼイの視線がその巨影に集まる。弾切れを知らぬグラントは未だ制圧射を白煙へ叩き込んでいる。


 KVVが焦げつくアスファルトの上に戦斧と多銃身機関砲を手に、A18へと向かい合っている。履帯は存在せず、剥き出しの転輪は硬質な樹脂によって覆われ装輪として機能している。


 追い詰められていたKVVが報復のために此処まで来たのは分かる。


 だが、ラムゼイに味方するか否か。ソレは全く判然としない。それでも彼には部隊長として選択する他ない。最もマシである選択を。


 ラムゼイは無線を飛ばす。

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