046:プロメテウス


 OR12が打ち出された散弾はトリプルOのこれ以上ない殺傷性を秘めた代物であった。


 だが、生命のない不気味なワイヤ状の機械にそれが通用する道理はない。そのワイヤはその一糸に至るまで摩耗性に優れた合金により構成され、柔らかい鉛の礫が貫徹しうるものではなかった。


 鉛玉の群れはワイヤの塊によって容易く受け止められたのである。

 

 スペンサーは怯む事なく、天才的なリコイル調整でマガジン一本分の散弾を打ち尽くしたが、其奴は何一つ構う事なく前進を開始した。


 地を這うガラガラ蛇の如く、其奴は動いた。

 その身に生やした鋸刃の触手をもたげ、スペンサーへと叩きつける。

 

 スペンサーは空のマガジンを抜き去りながら、横っ飛びにその一撃を回避する。蹴られた缶詰がけたたましく鳴り、風化したスナック袋が無惨に破け散る。

 無駄だと分かりながらも次のマガジンを差し込みながら、スペンサーはゆっくりと旋回するワイヤの怪物を仔細に観察する。


 同種の兵器というより作業機械を、スペンサーは見たことがあった。


 第六複合体にて部分的に導入されている弊所作業用の無人機である。ダクトやエレベータシャフト、ガス管や水道管のあるパイプスペースといった場所を定期メンテナンスする為に設計されたものだ。

 とは言え、あれほどワイヤに塗れた型は見たことがない。デザイン性も機能美もかなぐり捨てたある種の狂気すら感じる改造が施されている。

 

 奴は再びスペンサーへ狙いを定め、そのブンゼンバーナーの射出口を向ける。


 次の瞬間には、食堂は業火へ包まれた。床を舐め回すように、青色の炎が掃射される。


 スペンサーはその身に火の粉が降りかかるより早く、天井へ飛んだ。船舶特有の剥き出しの鉄骨の梁を掴み、その体を天井スレスレまで引き寄せた。

 散弾銃はタクティカルベストに上手く引っ掛けたが、それでも今にも落ちそうだ。背中には凄まじい熱気を感じる。


 燃料の噴射音が途切れた。


 スペンサーは梁に掛けた手足を離し、着地する。

 地面は焼け焦げ、辺りに散らばる缶や菓子袋は悉く炭化している。

 だが、明らかに不自然に掃射を逃れている箇所がある。まるで不可分の神域のように、そこだけが焦土と化していない。


 死体だ。干からびた死体の周辺だけが円形に炎を免れている。


 スペンサーは笑った。

 そうと来れば話が早い。打つ手はある。奴の至近距離で天国の扉を開くためのマスターキーをぶち込む術がすぐ其処にあるのだ。


 スペンサーはチェンバーを開き、12ゲージのトリプルOを抜き取り、指に挟んでいた特別な一発を代わりに放り込んだ。


 一発だ。それで十分だ。


 チェンバーの閉じる金属音。

 それを皮切りにスペンサーは飛び込んだ。死体の頭を引っ掴み、それを盾の如く翳した。干からびたその死体は余りに軽く、余りにも痩薄である。

 彼女の予想が外れているなら、それは何の妨げにもならない唯の紙切れと同然の存在だ。


 しかし、スペンサーの思惑通りに事は進む。


 ワイヤの怪物はバーナの射出口を引き戻し、アーク溶接の端子へと切り替える。心なしか其処から飛び散る電光も小さく見える。まるで死体の被害を躊躇している様に。


 スペンサーは更に笑みを深め、死体を押し出すように怪物へ放る。

  

 奴の赤いレンズは痩身によって遮られる。奴はそれを何の装備もついていないワイヤによって掴み取ろうとした。


 スペンサーは死体の背中へ銃口を突き付けた。

 少し押し込めば、ワイヤの怪物まで銃身が突き抜ける。そう思えるほどに、その死体は脆く薄かった。


「怪物に倒したいのであれば、火を放て。古来からの教えだ」


 スペンサーは引金を引いた。

 その銃口から射出されるのは、道中のバリケードを焼き切ってきた焼夷弾。

 銃身内での暴発を防ぐため、スラグショットにも関わらず旋条に加工されていないその銃弾は命中率に乏しかった。零距離で錠前や閂を焼き切ることを目的としたものなのだ。

 

 だが、ここまで肉薄できれば外さない。


 死体を貫徹し、弾丸はワイヤに衝突し、その炸薬を起爆させる。炸薬は酸化剤とマグネシウムの反応を連鎖的に引き起こし、スラグ弾は一つの太陽と化す。

 合金のワイヤは焼き切れ、内部の油剤へと引火する。


 おぞましきその身体は業火に包まれ、のたうち、死体とともに転がり回った。


 スペンサーは距離を取り、数秒だけその様子を視界に収めた。そして、再び操舵室へ繋がる通路のバルブハンドルへ手を掛けた。

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