044:原始的な解決法


 HA―88の両腕とクイークェグの細断鋏の力の均衡は崩れつつあった。


 少しずつ、着実に、鋏は狭まってゆく。HA―88は押し込まれ、その足はトレーラーの荷台へとめり込んでゆく。このままいけば、両断されるか後部車両ごと転倒させられるかの二択を選ばざるおえないのは確実だった。


 クイークェグの思考に反響するのはただ一つの短文。


『モカ・ディックを殺せ』


 だが、それと同時に一粒の砂塵ほどの疑念もそこにあった。


『眼前の笑顔スマイリーはモカ・ディックなのか?』


 その答えが見つかることはない。見つかるべき答えがない問いを意味もなく探し求めることをクイークェグは長らく続けていた。

 そして、たどり着く結果は常に破壊だった。何一つとして得る事のない結果だ。


 しかし、今回の結果は違っていた。


 HA―88は破壊される事をよしとしなかった。

 その身が乗っている台車へ強烈なストンプを繰り出し、その車体をわざと横転させたのである。


 その微笑みは砂の海の向こうへ、遥か後方へ消えて行く。


 クイークェグの船体にその破片や残骸が当たったが、何の被害も及ぼさない。


 当然の話だ。


 クイークェグはモカ・ディックを殺す為に造られたのだから。

 そして、その悲願は後少しで達成される。尻尾を切りによって、先ほどより距離を稼がれてしまったが、またすぐに追いつける。


 次はあの目障りなNAWもいない。


 撃ち放った銛を回収する為に、巻き取りを始めるクイークェグ。

 銛が残骸を未だ引っ掛けたままなのか、ウィンチが軽い軋みを上げている。少しばかりの違和感を覚えるが、たいした問題ではない。


 砲口に戻る頃には残骸が外れるよう設計されている。鱗状の装甲が、残骸をこそぎ落としてくれるのだ。


 だからこそ、只管にクイークェグは獲物を見据えた。背面へ自ら招き入れた脅威を見逃したままに。


 ******


 HA―88は横転ざまに掴み取った銛先を手放し、クイークェグの背面装甲へ降り立った。


「思いの外、上手く行きましたね。危うく真っ二つにされるところでしたけど」


 背部のコンテナに収納していたSAMロケットを取り出しながら、ピースは言った。


 最初から、ピース達は揚陸船と真っ向からぶつかる気などなかった。奴がその銛を車体へ撃ち込み、残骸とともにHA−88を巻き上げる事を狙っていたのである。


「後は捕鯨砲ハープーン付近の装甲板を吹き飛ばしてくれれば良い。それからは私の仕事だ」


 スペンサーは防護ヘルメットのバイザーを降ろし、OR12のスライドを引いた。


「何をするつもりか大体分かりますが、私も同行しなくてよろしいので?」


 ピースの不満げな問い掛けに、スペンサーは朗らかに返答した。


「崩壊前のノワール映画を観た事ないか、ピース?」


「まあ数本ぐらいは…」


 そう呟きながら、ピースはSAMロケットの照準を捕鯨砲の台と天板との間に向けた。


「私は一本だけ観たことがある。それで学んだ教訓は一つだけ、銀行強盗に入る時には逃走車の運転手が専属で待機しているべきだ」


 撃ち放たれたSAMロケットの八つの弾頭は装甲板に炸裂し、成形炸薬弾としての本領を発揮する。熱せられた金属の奔流は装甲をガムの様に食いちぎった。


 爆炎が鎮まると、捕鯨砲の付け根部分には不自然な空洞が存在していた。


 運転手の寄越した情報によれば、元来、その位置にはオートメラーラ砲が備わっていた。恐らく、クイークェグにこの狂気じみた改造を施した何者かが捕鯨砲へと換装したのだ。

 その際に取っ払われた給弾機構がこの不自然な空洞に収まっていたのだろう。


 何にせよ、人が通るには十二分すぎるサイズである。


 スペンサーは岩場を駆け降りる山羊のように、HA―88から装甲板の上へと降りた。

 その手に散弾銃を握り、分厚い防護服と古風なタクティカルベストに身を包んだ彼女は、後ろ手に手を振りながら、空洞へと消えていった。

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