043:肉弾
クイークェグとの距離は既に100mもない。
奴の背部に備わる
その信管は何の脈絡もなく炸裂した。
飛翔する銛は寸分違わず、V型の最後部のコンテナへと突き立つ。
刃が展開し、鋼の肉へ食い込む。ウィンチが軋みを上げ、巻き取りを始める。荒ぶる獲物を取り押さえに掛かる。
だが、そこで想定外の斥力が生じる。
抵抗していたはずの獲物の力が緩み、ウィンチの巻き上げ速度がやにわに速まる。
クイークェグは獲物に喰らいつく鯱の如く、NAWの残骸を挟み込んでいた細断鋏を開き、襲いかかった。
振り下ろされた鋏はコンテナの背面をブリキの缶詰より容易く引き千切る。クイークェグはその腑をえぐり出そうと更にもう片方の鋏を繰り出した。
しかし、その刃が捕えたのは積み込まれた研究サンプルや電子機器ではなく、ましてや鯨の腸でもない。
それは普遍の微笑みだった。コンテナの暗がりに浮かぶ落書きじみた黄色い笑顔。その主は体高18m程のNAW。
クイークェグからすればあまりに華奢なその両腕で刃を受け止めていた。
其奴を両断してやろうと更に細断鋏に油圧をかける。今迄、それで両断できなかったものに遭遇したことはない。
*****
捕鯨砲の撃鉄が降りる3分程前。
「どうやって肉薄するか?そんなの簡単じゃありませんか。向こうからコッチに這い寄ってくるっていうのに」
運転手は2人の提示した疑問に対し、余りに容易く返答した。その有能ぶりとは裏腹にその声は嘆くように震えていた。
「嗚呼、確かにその通りだ。どうしてこんな簡単な事に気付けなかった?」
スペンサーが歯噛みする所に、ピースが茶化すように言う。
「此処の所、装甲と馬力だけで押し切ってましたからね。向こうから突っ込んでくることなんて余りなかったからしょうがないですよ、少佐」
「御前に限って言えば、『此処の所』じゃ済まないだろうがな…いや、そんなことはどうでも良い。向こうから来てくれるなら、やりようは幾らでもある」
スペンサーはコクピットの中で前線基地から持って来た愛銃を見据え、その弾倉を確認した。
OR12
給弾方式は脱着式ボックスマガジン。動作方式はロングストロークガスピストン。折りたたみ式の銃床とピストルグリップ。銃身は限界迄切り詰めてある。レシーバーの大半がポリマー製でありガスの排出口がコンペンセイターとして機能する用に設計されている。更に内蔵されたピストンは限界までその重量を減じてある。
崩壊前、亡合衆国によって開発された散弾銃である。同種の半自動式散弾銃が合衆国の武器類禁輸政策により供給が絶たれため、より性能の良い当銃が開発されたそうだ。
スペンサーはその銃床を固く握り締め、作戦を語った。
迫撃をあれ以上行ってこないことから、奴はどう言うわけか此方を捕える事に固執している可能性がある。奴の武装を見る限り、
なら、此方から捕まりに行ってやるべきだ。
最後部の空のコンテナへHA−88を隠蔽し、奴が其処に銛を撃ち込んだ瞬間、最後部の連結を解除する。
後はコンテナから奴の正面へ駆け上がり、奴の武装の死角へ潜り込む。
「それでどうやってアイツを仕留めるんです?百歩譲って奴の船体に取り付けたとしてもSAMロケット全弾ぶち込んだところで奴の機関部に届くとは思えませんが…」
運転手の当然の疑問に対し、スペンサーは答えなかった。
どんな強固な装甲に阻まれていようと、直接乗り込み、脳天に散弾をぶち込めば死ぬはずだ。
スペンサーはどこまでも時代錯誤な女だった。
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