042:神話生物


 運転手は画面に映った字面と車窓に広がる焦土を見比べ、どちらがマシか考えた。


 モカ・ディック。

 19世紀前期に太平洋に生息していた1頭の悪名高いオスのマッコウクジラの異名である。


 運転手はデータベースにて探り当てた敵が繰り返した言葉の正体。

 そんなものは崩壊後のこの世界には存在しない。海すらも減じ、太平洋の名を知るものすらこの世界にそう多くは残されていないのだ。


 それにも関わらず、奴は我々を鯨と誤認し、執念深く追い回している。

 嘗て海だった遥か向こう。目を覚ました機械仕掛けの蠍は、その幻想を追いかけ、虹色の砂海へと侵入した。


 狂気じみた発想だ。


 運転手はそれを口に出そうか秀潤したが、頭からそれを振り払い、敵の機種を探った。


 幸いにも、水陸両用のホバー揚陸艇などそう多くは建造されていない。


 増加装甲の下に隠されたそのフォルムや増設される以前の駆動系を想像しながら、一つ一つ吟味していく。一本道のハイウェイとはいえ、路上は焦土と化している。ハンドルを握る片方の手は酷く揺れている。


 漸くそれらしい情報を探り当てる。


 クイークェグ型。

 排水量700トンの世界最大級のホバークラフト。旧共産圏にてNAW特殊部隊の高速展開を目的として開発された風変わりな水陸両用揚陸船。

 その製造コストと汎用性の低さから五艘しか建造されなかったが、崩壊前に巻き起こった第十六次中東戦争にて砂上、運河、内海問わずにNAWと武装を満載し滑走するその様は死海の悪魔として恐れられたそうだ。


 五艘のうち一艘が砂漠のど真ん中で消息をたった様だが、もしかするとアレはその成れの果てなのかもしれない。


 何にせよ、探し当てた情報を共有する他ないだろう。


 運転手は少佐の持つ端末へ情報を送信した。


 ******


 ピースは滑走するトレーラの上で考えた。


 HA−88の数倍もでかい相手にどう立ち回るべきか。桁違いの装甲。手に負えない質量と速度。そして、此方の火力は恐ろしく乏しい。


「接続終わってるぞ、ピース。信管と直結させたから任意のタイミングで炸裂させられるが、これだけでどうこう出来る相手じゃないのは見たら分かるな?」


 スペンサーの無線が響く。彼女は既に背部のコクピット中に座り、送られてきた情報を吟味していた。


 アレは鉄の棺桶だ。抉じ開けられる場所は無く。ラジエーターすらも船体底に取り付けられている。小型核分裂炉キャニスターの稼働にはそもそも空気が必要ではない。

 隙らしい隙は存在しない。


 奴を止めるには、肉薄し、装甲板を剥ぎ取り、直接乗り込む他ない。

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