041:執念


 モカ・ディック。モカ・ディック。モカ・ディック。


 壊れた魚群探知機の音波の様に、捕鯨船の中ではその言葉が反響していた。


 だが、その声を発する者の人影は船内にない。

 そもそも船内には誰一人存在しない。無人の船内では、ただ制御端末が明滅し、各種計器が乱高下し、操舵輪が回転するだけである。


 制御端末に映り込むのは1人の女。


 時代錯誤な三角帽に緋色のサーコート。赤い髪。その瞳は怒りと狂気に満ちている。


『モカ・ディックを殺せ』


 画面横のスピーカーからその言葉が鳴り響く。なぞる様に彼女の口が動く。例え、ノイズが走ろうとも、その詠唱が止まる事はない。


 彼女の正体が何であれ、機械仕掛けの蠍がカメラに捉えるのはハイウェイを滑走するV型トレーラーだけであった。


 **********


「何か武器を載せていないんですか?」


 ピースが運転主へ問い掛ける。

「武器を運んだ後の帰り道ですよ。前線基地へ置いて来たに決まってるでしょう?」


 ピース達の乗る最後尾の車両以外からも同様の返答が返って来る。


「此処らは荒漠としすぎて追い剥ぎすら死滅しているからな。V型にも最低限の自衛用装備しか積んでない」


 スペンサーが言った丁度その時。

 V型の天板が開き、SAMロケット砲台が飛び出して来る。玩具じみた登場の仕方だが、その威力と火力には嘘偽りはなさそうだ。101前線基地に大量配備されていたものと同型である。


「どうしてこんなに第六複合体はロケット弾が好きなんです?」


 ピースが呆れた様に言う。


「技術部に派手好きが多いからだろうな…」

 

 スペンサーは肩を竦める。

 他に考えうる要素としては、ロケット砲の工作精度が低くて済むというのがあるだろうが、連中の趣向を越えるものではないだろう。


「向こうさんもやる気有りですね」


 ピースがHA−88のカメラに映る地獄の様な光景に対して言った。


 蠍の上部装甲に藤壺の如く張り出した投射機から二十発前後の光弾が打ち上げられる。それは放物線を描き、最高点にて更に無数の爆雷へと散発する。遥か昔のイラクにて忌み嫌われた爆弾と同一の動作機構を有していた。


 大地を焼き尽くす様に、それは降り注いだ。 


 その着弾地点はトレーラーからスイートスポットを逃していたものの、アスファルトは砕け、鋭利な金属片が突き立った。一団の速度を減じさせるには十分な要衝である。

 


「どうにかする術がいまいち思いつきませんが、とりあえずやれることをやりましょうか」


 そう言って、ピースは悪びれもせず、トレーラーの天板についたロケット砲を引き千切った。


「何やってるんです、ピースさん!?」


 困惑を前面に押し出しながら、運転手は叫んだが、ピースの反応は酷く冷静で冷ややかだった。


「何って、武器を借りてるんですよ。後で返しますから」


 スペンサーが突っ込む。


「トリガーがついてるわけじゃないぞ。どうやって作動させるつもりだ?」


 運転手は内心で指摘すべきところはそこじゃないと考えながらも、彼は黙って話を聞いた。どのみち、彼女達の協力なしで切り抜けられる状況ではない。


「スクラップアームのアーク溶接で無理やり信管を作動させますよ。発射できずとも爆薬代わりには使えます」


 ピースの碌でもない発想に、スペンサーが良い含める。


「2分くれ、その間でSAMとHA−88の制御系を接続する。それと私も乗り込むから待っていろ」


 スペンサーはそう言って、防護ヘルメットを被り、貨物コンテナを飛び出した。


 そのトンチキな会話を聞かされた運転手は心中に隠しきれぬ思いを吐き出しそうになる。


『本気で言っているのかコイツらは…』

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