041:虹の海・蠍・鯨

 スペンサーは端末を操作し、運転席へと繋ぐ。


「状況は!?」


 無線越しに焦燥に駆られた声が響く。


「文字通りです。後部カメラを見て頂いた方が速いでしょう」


 画面に送られてきた映像が表示される。


 後方約500メートルに巻き上がる虹色の砂塵。入道雲の如く広がるその発生源には、巨大な蠍。


 画像を拡大すれば、それが生物ではない事がすぐに分かる。

 

 体高20m弱。全長80m前後。

 扁平な胴体と前に折り曲がる様に配された二本の前腕。後端にはウィンチ付きの銛撃ち機が蠍の尾の如く突き出している。

 正面から覗くかぎり一分の隙なく施された分厚い装甲。波打つ様な加工を施されたそれは丁度トタン板の様に見え、アーク溶接の如き紫外線によってその藍色の塗装は禿げかけている。


 天板には迫撃砲か煙幕投射機スモーク・ディスチャージャーのような装置が配されている。口径は野戦砲級であり、砲身長が短くともその威力は侮れないだろう。

 

 二本の前腕は刃渡り5m弱の肉厚な細断鋏である。正面に光る光学レンズを庇うように捧げられたソレにはNAWの残骸と思われる鉄屑が張り付き、簡易的な増加装甲と化している。


 車輪や脚といった動力装置は外見から見て取れず、砂状を滑るように移動している。


 「見た事のないNAWだ」


 そうスペンサーが独り言のように溢すと端末から声が響く。


「アレはNAWじゃありませんよ、少佐殿。アレはホバークラフト。本来、此処にいる筈のない存在です」


 声の主はピースだった。


 わざわざ無線を使わずとも構わないそんな距離にいた筈だ。そう思い、スペンサーが周囲を見渡すと、彼女の姿は何処にもなく、在るのは開け放たれた別のコンテナへと繋がる扉だけ。


「ピース、今何処にいる⁉︎」


「愚問ですね。勿論、愛すべきHAPPYの中ですよ」


「どうするつもりだ?」


「闘う他ないでしょう。彼奴の速力は半端じゃないです。元は軍の水陸両用高速揚陸艇。70ノットが巡航速度ですよ、砂上ならどうか分かりませんが…低トルクのV型にはいずれ追い付いて来るのは間違いない」


「此方はハイウェイ上、向こうは障害物だらけの砂上だ。本当に逃げ切れないのか?」


 運転手が返答する。


「残念ながら、ピースさんの言う通りです。あの図体で60ノット前後を叩き出しています。データベースから出来る限りアレの機種を割り出してみますが、改造されすぎているので何とも…」


 スペンサーは端末の映像からエンブレムや特徴的な装飾などを探したが、その機動兵器の所属や製造元を示すものは何も見当たらない。


「何処の所属なのか分かるか?此処までコーザ=アストラの連中が出張って来るとは思えない」


「判然としません、無線は暗号化されておらず、ただひたすらに同じ短文を繰り返しているだけです」


 ピースはシステムを起動し、荷台へNAWを固定している装置を引き千切る。そして、運転手へ問い返す。


「それで何と繰り返したんです?」


 エンジン音に掻き消される程、小さな声で運転手は言った。


『モカ・ディックを殺せ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る