第三章:第六複合体

040:トレーラー・トレーラー

 第五空白地帯の西は見渡す限りの荒野であった。


 とはいえ、西部劇で描かれるような赤土の荒野とは少し毛色が異なっている。


 まばらに生えるサボテンも乾いた風にのり転がりゆく回転草も存在しない。


 長大なハイウェイの一歩外には、極彩色の地獄が広がっていた。

 陽光に煌めく玉虫色の砂と岩。打ち捨てられたNAWの群れ。数えきれない程に大地に穿たれた大小様々なクレーター。噴き上げられた微細な砂塵は光を乱反射させ、雲すらも玉虫色に彩色していた。


「何だか思っているよりメルヘンチックな荒野ですね」


 ピースは貨物室に配された覗き窓から外を伺い、冗談めかして言った。


「この辺りは崩壊前に一進一退の攻防が州軍同士で行われていた場所だ。戦火は絶えず、荒野を炙り続けた。いつしか砂も岩も変性し、その身を異様な玉虫色の硝子へと変えた。そういう言い伝えだ」


 スペンサーは梱包された箱に腰掛けながら語った。その手には小型の端末が握られている。


「それは、随分と殺伐とした御伽話で…」


 ピースは肩を竦め、二人が乗り込んでいる貨物コンテナへと視線を向けた。


 書簡やデータサーバー、貴重な研究サンプルといった重要貨物の積載されたこの貨物室。豪勢な空調が備わり、人間にとっても快適な環境である。

 第六複合体の所有するV型トレーラーの貨物コンテナには客間として改造されたものが存在するが、物資輸送の為に前線基地へ都合よくそんなものを牽引してくる訳もなく、二人はこの貨物コンテナへ乗り込む事になったのである。


「崩壊前の歴史や文化について、私は掘り起こした雑誌や書籍から学びましたけど、第六複合体ではどの程度の認識なんです?」


「つまり?」


「この世界では、組織が先鋭化してしまうのが通例です。そうなると、独自の教義や歴史観を形成し、はたから見れば碌でもない状況に陥る。太陽の砦がその最たる例ですよ」


 ピースは割れた電子煙草を手元で弄びながら言った。


「アレほどとは言わずとも、何か特別なものがありはしないかと少し気になるわけです」


「残念ながら、私は生まれも育ちも第六複合体だ。カルチャーショックというのは外の視点に触れて初めて生じる現象だろう。逆に、前線基地で何か感じなかったのか?」


「食糧が二種類しか無い以外は特に…」


「そうか。因みに、第六複合体ではある程度の歴史教育が全員に為されているし、文献に対するアクセスもかなり広範に許されている。崩壊前の新聞記事からポルノ雑誌まで何でも」


「崩壊の原因についてはどの様に解釈されているので?」


「最初は企業を代理とした国家間紛争。第六複合体の前身となった企業の一つも参入していたそうだな」


「PMCなんですか?」


「いや、警備会社だ。業界では中堅所で、話によれば退役軍人の受け皿になっていたそうだ。アラモの指揮官である大佐殿の曽祖父は其処の社長だったとか」


「ああ、少佐に希望を託して左遷した変わり者ですか」


「変わり者か、そういうお前が私の中では一番の変人だよ。ピース」


 そう言って、スペンサーは端末へと視線を落とす。


 第六複合体の人事部に送る書類の点検を行なっている最中だった画面には、いつの間にか赤い文字が浮かび上がっている。


『敵襲』


 その二文字が目に入った次の瞬間。後方から耳を劈く轟音が鳴り響いた。

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