039:出立
明朝。AM3:00。
未だ深夜と変わらぬ暗闇の中で後方からの輸送トレーラーは前線基地へと到着した。
静寂の中、無限軌道が鉄の音色が響く。
V型200tトレーラー。
崩壊前に物流の要を担っていた半装軌車両。全長は30m弱。前輪はゴム製の大型タイヤであるが、後輪は車体よりも大きくはみ出した幅広の無限軌道である。
無限軌道は摩耗に強い特殊樹脂によって構成され、路面への負担は最小限に抑えられている。更には、低速ギアのギア比を大きく設定することにより、低速での走破能力を脅威的に高めてある。
遮るものが何もないアスファルトの上を滑走するその威様は、深海を遊泳するマッコウクジラを彷彿とさせる。
三台のトレーラーはLEDの光が灯る倉庫の前にやがて停車する。
兵站部所属の十数名の兵士と作業用に改装されたM90が積み下ろしを開始した。普段通りの作業、流れる様な手際。何の変わり映えもしない光景である。
ただ、一機の工業用HA−88がその本来の役目を果たさず、倉庫横で待機している事だけが違っていた。
「あのトレーラーに直接乗り込んでOKなんですか?急な積荷は兵站屋が嫌いそうな感じがします」
ピースは操縦席から無線を飛ばした。
「問題はないさ。V型はまさしく規格外だ。馬力だけなら御前のHA−88にも劣らないだろうさ」
スペンサーがHA−88の足元で作業を監督しながら答える。
「本来比べるべき対象ではないですけどね。でも、どうしてアレを第五空白地帯で乗り回さないんです?改造すれば移動要塞と化しそうですけど…」
積載量教とでも言うべき信条を持つピースからすれば、V型は余りにも魅力的な存在に見えた。
「想定した使い方じゃないからよ。それに、第五空白地帯ほどの不整地だと何処でスタックするかわからない。随伴する工兵も回収車両も無い環境では余りに信頼性が無いの」
無線から返答する声はスペンサーではなく、管制室にいるチェスであった。就寝中のブレイクの代理として指揮権を彼女が握っている、
「上手くやれば、色々できそうですがね。まあ私が気にするべき事じゃ無いですか」
そういって、ピースはタラップの落ちたV型の貨物台の上に歩を進めた。HA−88の規格外の重量ですらV型にとっては赤子に等しい。
それに、コレは行きの便ではなく帰りの便。
入ってくる積荷は余りに多いが、出ていく物は余りに少ない。精々、空白地帯で採取された研究サンプルのみである。故に、積載量にはかなりの余裕があった。
「見送り等は宜しかったので?」
ピースはHA−88を車内に停止させながら問い掛けた。
「一人だけ後方に転属なんて生き恥だ。恨まれはすれど、門出を祝福されることはない」
スペンサーは決まり悪そうにそう言ったが、それにチェスが反論する。
「私はそう思わないけどね。基地の連中の殆どがアンタにありもしない希望を押し付けるに決まってる」
「褒めてるのか、何なのか分かりづらい言い草だな、チェス」
「どっちもよ。私が言いたいのはね、後方でどんな現状を目の当たりにしたとして、アンタはアンタのままだってこと。良くも悪くもね」
「大佐や君の期待には答えるつもりだとも。必ず戦力と方針の転換をもたらしてみせる」
チェスは呆れた様に返答した。嫌味を嫌味と理解しない彼女に対して、嫌味なしに彼女と話すことの出来ない自身に対して呆れ返っている。
「ええ、期待しないで待ってる」
操縦席から這い出しながらその会話をインカムで聞いていたピースは少しだけ微笑む。犬猿の仲だからこそ生まれる不可思議な信頼。それはどうしようもなく魅力的に思えた。
「私も微力ながら力添えしますよ」
そう躊躇いもなく言って見たかったが、今のピースにはなかなか難しかった。
V型のエンジンは既に唸りを上げ、新たな旅の始まりを告げている。第五空白地帯を出て、次は第六複合体の本社が存在する地へ赴く。
希望はなくとも、確個たる目標があれば人は生きることが出来る。
ピースはそのことをよく知っている。自身の体のパーツを探し求めた時の彼女がまさしくそうだったのだから。
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