036:寄宿舎・奇妙な邂逅


 食事を終え、ピースは寄宿舎へ案内された。


 寄宿舎は巨大である。

 数十のコンテナが組み合わさり、巨大な一つの建物を形成している。かなり雑多に積み上げられ、在りし日のコンビナートを思わせた。


 プレハブ小屋の其々は鉛や磁鉄によって粗雑な対放射線用の防護が施され、その表面には赤い菱形の紋章が書き込まれている。外に張り出すように幾つも配された室外機はかなり重厚であり、内部にはフィルタや諸々の除染機構が組み込まれていることが見て取れる。


 汚染地帯からある程度の距離があるとはいえ、風の具合によっては此処まで諸々の汚染物質を含んだ砂塵が飛来してくるのは想像に難くない。


「デカい宿舎ですね」


 キングは微笑みこう言った。


「コレが部屋のカードキーっす。嬉しいことに僕の仕事は此処で一旦、終わりです。後は、指定の番号の部屋に行くだけです」


 差し出された黄色のカードキーには『R9』と書かれている。


「部屋までの案内は?」


「一応、男性禁制の区画にありますからね。入口に貼られている見取り図を見れば、簡単につきますよ。造りは至極、単純ですから」


 確かに渡したとでも言うように、キングはピースの顔を今一度見つめ、それから踵を返す。後ろ手に手を振り、整備ドックの方へ去っていった。

 

「ああ、そうそう、稼がせて頂き有難う御座います。っす…」


 彼はそう言い残したが、ピースからすれば彼が最後まで敬語に拘った理由がよく分からなかった。礼儀正しいのか、慇懃なのか、打算的なのか、彼の人柄は大きく揺れ動き最後まで定まることはなかった。


 何にせよ、ピースは彼のことは嫌いじゃない。


 ピースも軽く手を振り、ただ一言、有難うと言った。キングからの反応はなかったが、多分、聞こえていると思う。


 **********


 鋼鉄の廊下を抜け、ピースは女子棟の自分の部屋へと向かった。


 全身機械義肢の自分に向けられる奇異の視線より、果たして一人部屋であるかが気になっていた。スペンサーと同部屋であるのが望ましいが、そこまで手が回っているのか疑問であった。


 R9と書かれた部屋にたどり着く。


 アルミ製の安っぽいドアに不釣り合いな最新式の電子錠。黄色いカードキーを通してやれば、かなり間抜けな電子音と共に閂が外れる。


 部屋の中はハッカ油の様な清涼な匂いに満ちていた。


 太陽の砦では嗅ぐことが出来るかもしれないが、この荒廃した世界にあってかなり珍しいものであるのは間違いない。それに、ピースの寝ぐらとしていたガレージには油とラーメンの匂いが満ちていたのを考えると、どうこう言う筋合いも無いだろう。


 内装は幾らか簡便だが、水色を基調とした趣味の良い纏まりを見せている。


 奥には水色のカーテンの掛かった部厚い窓が一つ。夕陽が差し込み、淡く橙に染まっている。

 そして、規則的に配された四つのパイプベッドと四つの収納箱。机と椅子。

 見る限り一兵卒の集団部屋の様である。古い読み物を参考にするなら、同部屋仲間同士で連帯責任を負わされる類の奴である。


 テンプレなイメージが頭を過ぎる。

 掃除に不備が見つかった場合、仲良く肩を並べて雑巾掛けしたり、意味もない腕立てをさせられたり。


 まあ、そんなことはどうでもいい。特筆すべきことは別にある。


 窓側に配された机には一人の女性士官の姿があった。スペンサーではない、初めて見る士官だ。


 知的な雰囲気のある女だった。

 短く刈り込んだ黒の短髪。合金製の古風な丸眼鏡。金色の細縁、薄手のグラス、その向こうには翡翠色の瞳。浅黒い肌に黒の制服があいまり、エキゾチックな魅力がある。

 真剣な面持ちでラップトップへ向き合う姿は様になっている。


 そして、その右腕は機械義肢。旧型の無骨な代物。キーボードを傷つけぬ様、指先はシリコンで覆われている。


 彼女がスペンサーと犬猿の仲、チェス・ウェブスター。その人であるとピースはまだ知らなかった。

 



 


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