035:美味しい一時


 高級食糧ハイレーションの献立は以下の通りだった。

 

 合成蛋白質のサイコロステーキ。合成澱粉製のパン。もやし状の不可思議なキノコのボイル。コーヒーとは名ばかりのカフェイン入りの黒い湯。ピースの場合は、Dr.クラックのどぎついピンク色の液体。


 それらがプラスチック製の黄緑色のトレイに小分けされている。

 

 ピースは安っぽいプラスチックフォークでキノコを口へと運ぶ。

 いくらかの油味とキノコ特有の旨味。合成品ではないアミノ酸が彼女の人工の舌に電子的な未知の感覚をもたらす。廃墟から様々な崩壊前の缶詰を掘り起こし、それらを味見してきた彼女にすら、それは新鮮な体験であった。


「このキノコは何処で栽培された代物ですか?」


 キングはステーキをパクつきながら答える。


「さあ、後方の地下の何処かで、としか言えないっす。第六複合体うちは完璧に縦割りされているせいで別の部門の事情とかは全く明るくないんですよ」


 ピースはキノコの断面を見つめながら話を継ぐ。


「珍しいキノコですね。私の知り合いに植物学者がいるのですが、彼のコレクションにも無かったと思いますよ。何より、味が良い」


「確かに、コイツが特別美味いのは間違いないでしょう。ウチの連中の中にも、このキノコが目当てでわざわざ配給券を溜め込むやつがいるぐらいっす」


 ピースはより興味深げに頷く。


「配給券というのは歩合制なのですかね。つまり、働けば働くだけ貰えるとか」


「基本的にはそうっすね。軍事部門も資本主義には敵わないですし、何より我々は企業複合体ですから」


 そう言って、キングは肩を竦める。


「まあ、当たり前と言えば当たり前ですね。崩壊前の遺産に縋っているのは皆同じです。それが物質的なものか概念的なものかは関係なしに」


 ピースはこれ見よがしにキノコを突き刺し、話を変える。


「ところで、キノコというのは今も昔も興味深い菌類です。例えば、ベニテングダケ。赤色の傘に白いひだ。その毒々しい見た目からしてあからさまな有毒キノコですが、面白い特徴もある。主な有毒成分となるイボテン酸は、神経毒としても機能すると同時に、旨味成分及び向精神物質としても機能します」


 ピースは安っぽい笑みを浮かべる。プラスチック製の微笑みだ。


「つまりです。キノコというのは美味く、毒が有り、それでいて薬になる」


 キングは苦笑いを浮かべ、茶化す。


「随分と博識っすね。第五空白地帯には大学でもあるので?」


「ありますよ。実に悪趣味な霊安所じみた場所がね。まあ、何だっていいでしょう。其処は全てに見捨てられた土地。好んで行くべき場所じゃない」


 太陽の砦を脳裏に浮かべながら、ピースはキノコを口へと運び噛み締めた。


 不可思議で魅力的な味わいに感嘆しながら、他のステーキやパンを口中へ放り込んでいく。だが、キノコほどの感動は起きない。


 全てが脚色された模倣品であり、どうしてもその事が全てを台無しにしてしまう。

 パンは酷くボソボソで纏まりを欠いており、粘土のよう。ステーキはその筋繊維を捻れさせその歯ごたえを酷く不快なモノにしている。


 およそ、『高級』とは言い難い。


 ピースは口中の食料を、甘ったるいソーダ水で流し込んだ。


 頭をよぎるのはキングの言葉。


 『キノコだけを楽しみにして、高級食糧を買う者も多い』


 お世辞にも美味いとは言えないこの食糧に十倍近い労力は見合うのだろうか。それとも、低級食糧はそれほどまでに酷いのだろうか。分からない。


 頭をよぎるのはドーラムの教え。


 かつての戦士達は、蒸留酒にテングタケを漬けた薬用酒を闘いの士気高揚のために飲んでいた。ヴァイキングやガリアの部族。彼らはその興奮と抑制が同時に起こる複雑な中毒症状に目を付けていたのだそうだ。


 今と昔。崩壊前と崩壊後。何が違うというのだろう。


 その真相を知ることは、今のピースには不可能だった。


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