034:曹長と少佐
机と椅子と小さなLEDランプ以外には何も無い詰問室。居るのは男女二人。少佐と曹長。スペンサーとジョックスだ。
彼女は何処か誇らしげに聞いた。
「それで、どうだった。ジョックス?」
対して、ジョックスは淡々と答えた。
「あの少女の腕っ節についてなら、凄まじいとその一言に尽きるでしょう。あれで何の訓練も受けていないというのですから」
「それに、ピースの本領は市街戦。リング上の模擬格闘戦じゃない。彼女がどうやって180mの時計塔から狙撃手を引き摺り下ろしたか知りたいか?」
曹長は黙って頷いた。
楽しげに語るスペンサーを諫めた所で、話が止まるとは思えない。
「時計塔を丸ごと引き倒したんだ。私の言い出した馬鹿げた作戦だったが、まさか成功させるとはな」
曹長は言葉に窮した。
彼女の語る荒削りで悪辣な作戦は、その様を思い浮かべることすら容易ではない。だから、彼は少しばかり話を移した。
「その狙撃手というのはNAWで?」
「その通り。基地内でも噂になってるGA900だ」
感慨深げにジョックスは言う。
「あれには特級の姿勢制御機構と接地用のアンカーが装備されております。登ることは不可能じゃないでしょうが、随分と手の込んだ妨害だ。どれだけ、少佐のことが気に入らなかったのやら」
「さあね。あの辺りまで入り込んだのは初めてだったから、連中も何かあると邪推したのかもしれない。何にせよ、連中は鉄屑と化した。ピースの手によって」
ジョックスは肩を竦める。
「今となっては、買い被りすぎだと非難することも出来やしません。この基地にいる誰しもが」
「良くも悪くも御前のおかげだな、ジョックス。それで、本音だけ聞かせてもらっていいかな。理屈抜きの感情論で結構だ」
「言わずもがなであります、少佐殿。今回の決闘の動機は、純然たる闘争心と彼女への懐疑心、そして八つ当たりです」
「八つ当たり?」
「大人気ない話です。彼女との決闘に勝てれば、コーザ=アストラの連中を始末した気分に浸れると考えたわけです。『私が貴方に随伴すれば、状況は好転したはず』だと…」
スペンサーは曹長の瞳を覗き込んだ。歪なまでの真摯さがそこには宿っている。
「ロバートの件は完璧に私の落ち度だ。私以外の誰をも責める事はできない。相応の罰を受ける予定なんだが、まだ足りない」
そして、静かに言い含めた。
「今回の強行偵察に付随する責任の一切は私が負う。勿論、どこぞの曹長が起こした決闘騒ぎについてもだ。報告書には私が焚き付けたと書いておく」
ジョックスは飢えた犬のように問い詰める。
「道理に合っちゃいない。何より、俺はそんな腰抜けじゃないぜ。自分のケツは自分で拭く!」
スペンサーは彼を手で制する。丁度、飼い犬にするようなそんな手つきで。
「いや、これが一番都合が良い。私の処遇は今より大幅に変わることは無いだろうが、御前には此の基地で果たすべき役割がある。これ以上、此処を脆弱にするわけにはいかない」
「処遇?もう辞令は出たのか?」
「後方へ転属だ。教導隊送りらしい。明日、物資輸送に来たコンボイに乗せて貰う。一応言っておくが、この件は他言無用で頼む、他の連中を騒がせたく無い」
曹長は出来うる限りの平静を装い問うた。
「どうして、俺にだけ?」
「私が去った後の機動部隊を任せることになる。これは階級や指揮系統の話じゃない。それとは別に、部隊の要石は御前になると信じているからだ」
そう言って、彼女は一枚の合成セルロース紙を机上に置いた。
それは、ブレイク大佐が彼女に向けて書いた嫌味と希望の詰まった手紙である。それが今の彼女の使命と基地の現状を伝える最上の書状だった。
「これで聴取は終わりだ、曹長。処分については後ほど報告がある筈だ。残念ながら、私以外の口からになるだろうがね」
そう言い残し、スペンサーは詰問室を去っていった。
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