033:食堂にて
食堂に入るなり、ピースとキングは大勢の兵士に取り囲まれた。
機動部隊や整備兵の連中、兵站部、少佐の配下である情報部隊、様々な顔ぶれによる人垣である。ピースの存在を疎ましく見つめるものは少なくなかったが、侮るものは一人も居ないようだった。
「なあ、さっきの決闘は半端じゃなかったな!あんた、ピースってんだろ?重汚染地帯の向こう側ってのはどうなってんだ?」
質問の雨を掻い潜りながら、キングは厄介そうに人を掻き分ける。
それを目にしたピースはかなり突飛な行動に出た。
喉のスピーカーを調整し、まるでデパートのアナウンスのような調子で言い放つ。喧騒を突き破るような声量で。
「「ピン、ポン、パーン。質問だの決闘の挑戦だのは全て食事の際に承ります。席に座ってお待ちください。さもないと踏み潰しますよ文字通りの意味で」」
食堂は途端に静まり返り、壁は霧散した。
興味深げにピースの喉元を覗くものも居たが、彼女が機械の瞳で覗き返すと一も二もなく目を逸らした。彼女がわざと機械的に動けば、人は不気味の谷に陥るものだ。
キングは肩を竦め、改めてピースを案内した。食堂の最奥にある
食品搬出口。
中々に厳しい字面をしているが、見た目はかなり開放的だ。端的に表現するなら、それは在りし日のファストフード店じみている。
レジスターとその隣にトレイの受け渡し口。頭上にはメニュー表が映し出された液晶パネル。そのメニューは二種類しかない。
そして、何よりも異質だったのは調理やレジを担当するのが、見目美しい女性だった事だ。人とも思えない程にその容姿は整っていた。
ピースは彼女達の正体を知っている。
有り体に言えば、崩壊前のベストセラーセクサロイドである。そのカスタム性と優秀なプログラム機構は、夜の友としてだけでなく、育児家事全般、諸々の単純作業において人並み以上のパフォーマンスを発揮する。
崩壊前の通俗雑誌では『生身よりKJ9』などという特集が組まれた程である。
「わあ、随分と男好きしそうな食堂ですね。KJ9なんて今日び見かけませんよ」
ピースは少な過ぎるメニューに気を払うこともなく、端的な感想を述べた。
「よく一目で彼女達がアンドロイドだと見抜きましたね。此処に配属されてくる新人は皆んな騙されるってのに」
キングは少しだけ驚いた様に言った。
「私の身体の幾らかは彼女達から引っぺがしたパーツですから、彼女達の中身までよく知っていますよ」
そう言って、ピースは自身の人工皮膚を引っ張って見せた。
「特に、表情筋なんて彼女達とそっくり同じですよ。風俗店の地下倉庫から貰って来た文字通りの掘り出し物ですね」
「余り知りたくなかった情報っすね。まあ、それはそうとして何を頼みましょうか?選択肢は二つに一つですけれど」
「私の場合、脳味噌を動かす以上のエネルギーや栄養素以外に何も要らないんですよね。両方注文して、味見だけさせて貰うのが一番都合が良い」
その言葉を聴いて初めてキングは彼女が全身機械義肢であることに思い至ったのか頭を抱えた。
「そうだった。アンタは脳味噌以外は全部ブリキ製でしたね。味覚はあるんすか?」
「ありますよ。崩壊前のテクノロジーを舐めないでください。市販のVR機器にすら味覚の感応装置が標準装備されていたんですから」
そう宣い、ピースは舌を覗かせる。生白いシリコン製のそれは、油か
それに面食らったキングを傍目にピースはレジに歩み寄り、注文を述べた。
「
レジ担当のKJ9は便宜的に微笑み、耳障りの良い電子音で返答した。
『合計20
ピースはジャケットのポケットからプラスティックのカードを取り出し、それを二枚だけ金属製の皿に置く。それでちょうど20配給券だった。
KJ9はそれを受け取り、レジとは名ばかりの金庫の中へそれを放り込んだ。
「少々、お待ちください。194秒後に此方の受け取り口からお渡しします」
ラバーエプロンの前に手のひらを組んで、KJ9は一礼した。この機体を配備した奴の趣味なのだろうか。
脈絡もない思考に浸るピースにキングが後ろから問い詰める。
「どうして配給券を持ってるんすか?第六複合体の誰かと取引したことがあったとか?」
ピースはどうでも良さげに答える。
「ああ、少佐から幾らか貰ったのをさっきの賭けで増やしたんですよ。言い様によっては、八百長かもしれませんがね」
それから、約150秒間の沈黙が訪れた。
KJ9は1秒のズレもなく、その業務を実行した。即ち、高級食糧とパッケージングされた容器をレンジへ放り込み、それを皿に移し替えると言う作業だ。
崩壊前も後も、かくの如く世の中は回っているのだろう。
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