032:ゴングが鳴った


 その場にいた誰もが慟哭した。


 暗黙のうちに武器の使用を制限していた筈だった。

 だが、馬乗りになったHA−88の両腕は観客達とは真逆に猛り立っている。今や回転鋸は火花を散らすほどに回転し、スクラップアームからはアーク放電が閃いている。

 誰もが同様の疑問を抱いた。


 あのNAWは、あの少女は、何処までやるつもりなのか?


 その答えを持っているのは、その場に二人だけだ。


 一人はキング二等兵。


 彼には最初から分かっていた。

 ピースという女が、酷くぶっ飛んでいるということを。彼女が全く異なる常識の中で生きてきたということを。


 その度合いまで測る事は出来なかったが、少なくともジョックスとの決闘を目にした今は確信できる。


 あの女の持ってきた『戦果』に嘘偽りは無い。そして、アレの搭乗者はタダでは済んでいない。


 ジョックス曹長はきっと碌でもない事になるだろう。


 とはいえ、そんな事が分かった所で彼に状況をどうこうする術はない。

 彼に出来ることといえば、配給券の配当を毟り取りに賭けの胴元を脅しに行く事だけだ。そう判断したキングはSAMロケットの側に先輩を残して梯子を降りた。


 その短い思考の間でも、回転する丸鋸はM90の四肢に迫っていた。


 しかし、答えを持つ者のもう一人は状況を変える力を持っていた。


 スペンサー少佐その人である。

 管制塔から抜群の脚力を生かし、全速力で走ってきたのである。そして、レフリーをやっていた機動部隊の副長から無線を奪い取った。


「スペンサー・クローヴィス少佐だ。其処の二機は直ちに停止しろ。特に、ピース。何を考えてる?曹長を輪切りにするつもりか?」


 余りの大音量。拡声器など存在しないにも関わらず、その場は凍りついた。


 賭けをやっていた連中は配給券を取り落とし、決闘を肴に合成エタノールを飲んでいた奴はひっくり返った。


 そして、HA―88もまた丸鋸の回転を止めた。ゆっくりと四脚を稼働させ、M90を開放しき距離を置く。


「これで宜しいですか?スペンサー少佐」


 無線からピースの不服そうな声が響く。骨を取り上げられたピットブルのような顔をしている事は容易に想像できた。


「迅速な対応には感謝するが、少しやりすぎだ。実力を示したかったんだろうが、面倒ごとになるのは分かりきっていただろう?」


「売られた喧嘩を買ったまでです。そうでしょう、ジョックス曹長?」


 無線にジョックス曹長の声が割り込む。


「少佐殿に対しては、随分と従順なんだな。ランバート」


 そして、一つ咳払いを挟んだ後、彼は言い切った。既に覚悟は決まっていた。彼は余りにも昔気質、というよりは原始的な男だったのである。

 つまり、彼にとっては闘争こそが唯一の尺度である。


「今回の一件については小官が独断で吹っ掛けた決闘であります。ランバート氏の発言に嘘はありません。我々、機動部隊と整備兵が共謀して彼女を決闘に引き込んだのであります」


 スペンサーは呆れたように、問い返す


「意図は?」


「彼女の成果を裏付ける証拠を得る為、機動部隊としての腕試しの為であります」


「NAWまで持ち出して、それで済むとは思っちゃいないだろう?」

 

 スペンサーの事情徴集。

 

 その様を傍目にピースは肩を竦めた。


「この基地の指揮系統はどうなってるんですか…少佐も曹長も越権行為のオンパレード」


 彼女の独り言を拾ったのはキングだ。


「その責任の一端は間違いなく少佐にありますね、ピースさん」


 彼は大量の配給券の配当をポケットに満載しながら、野次馬がてら此処にやってきていたのである。


「此処の司令官であるブレイク大佐も相当に頭を悩ませている事態ですよ。少しけし掛けられると、誰も彼もが、あっという間に使命感に駆られるんですからね」


 そう言って微笑むキング、ピースに向かって配給券を振って見せる。


「そうそう、儲けさせて頂いた御礼に食堂の見学にでも行きませんか?酷いのが殆どですが。マシなのも結構あるっすよ。少佐殿は此処から長くなるのは間違いないっすから…」


 決闘の件をピースに詰められない為の賄賂の腹づもりであった.

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