030:エル・ティグレ


 繰り出されるHA−88の左腕。鋭い四つ爪がM90の胸を抉り取らんと迫る。


 盾の無いM90にとっては正しく致命の一撃。


 しかし、M90は流れるように一撃を掻い潜り、その懐へ潜り込む。

 その腕の軌道に掠めた肩口の防楯が犠牲となる。アルミ合金の形ばかりの装甲は鉤爪によって容易く引き千切られる。

 マリーゴールドと骸骨は無惨に裂かれ、鉄の花弁として飛び散った。


 防楯を犠牲にして距離を詰め、既にHA−88は目と鼻の先にある。数メートルも無い。


 HA−88は容赦無くM90の脚部を踏み潰さんと前脚を上げた。ストンピングは近接戦において、繰り出しやすい手頃な技。おまけにHA−88の規格外の重量がそのまま威力に直結する。


 それは最前の手段だった。


 しかし、M90はそれを読んでいた。M90は前傾から後傾へ姿勢を変え、脚を引く。ストンピングの軌道から僅かに脚をずらす。


 バンカーバスターの如き凄まじい足音が鳴り響き、HA−88の幅広い足が鉄筋コンクリートを踏み抜いた。

 

 言うまでもなく、その足は埋まった。溜め込んだ油圧は完全に抜け切っていた。


 今度はM90が踏み込んだ。埋まった脚を足場に、HA―88の広い天板へと駆け上がった。


 さながら、トップロープへ駆け登るルチャドールの如く。


 そして、HA−88の背部に満載された装備の隙間へとその指を挿し入れる。それを引き開けるように身体を後ろへと反らせる。


 見物客から歓声が上がった。


 HA―88の巨体が前方に倒れ込む。悪役じみたスマイリーマークが地に伏した。


 M90は埋まった前脚を支点に、梃子の原理で四脚型NAWを引き倒したのである。


 無理な改造と過剰積載によって、HA−88の本来の安定性が損なわれていた。重心は崩れ、姿勢制御機構は不完全だったのである。それが露呈して居なかったのは、一重に、神経へ直結された感覚的な操作と四脚という安定性の高いパーツのおかげであった。


『破綻した設計の妥当な末路』という言葉がその場に居た全員の脳裏に過った。


 そう、ピースただ一人を除いては…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る