029:野次
曹長は宙を舞いながらも、心中は何処までも冷静だった。
腹部の装甲は叩き割られているが、そう悲嘆する事でもない。腹部脚部に溜まっていた油圧を全て解放し、ガットパンチの衝撃と同じ方向に跳んだ。
被害は最小限だ。
NAWだろうが、人間だろうが変わらない。必要なのは体幹だ。姿勢を完璧に制御し、最善の行動に移る。武術は合理性の獣だ。
曹長は脚部と腕部を稼働させ、重心を安定させる。盾を手放し、両腕両足を動員して着地する。
四本のサスペンションが落下の衝撃を限界まで吸収した。
歓声が上がる。KOにすら至らない、驚愕の操縦技術。
二機は再び向かい合うように、構える。
しかし、M90は先程と違い徒手空拳。その手に得物はない。
☢️
「幾ら空挺兵装のM90だからといって、あんな動き出来る訳がないじゃあないっすか?」
キングはぼやく。インチキだと叫ぶ年相応の子供の様に。
「事実として、その芸当をやってのけているのがジョックス曹長だ。何かの格闘技を修めているとか言っていたよ」
マックは肩を竦めながら、至って真面目に返答した。そして、最後に付け足すように言う。
「だが、NAWでそれをやるのは流石に狂気の沙汰だな」
顔を顰めるキング。
「ルチャリブレとかいうヤツですよ。レスリングと何が違う?って聞いたら、いきなりキレられたから嫌に覚えているっすよ…」
「訓練の都合上、武器を用いた戦闘が殆どだが、あの人の本領は其処じゃない。これだから、この賭けには参加したくなかったんだ。両者共、未知数過ぎる。運だけしか要素の無い賭けは面白くない」
「だから、どっちに賭けたんですか」
「6:3で曹長だ。彼は強い。だがな、キング。あのHA―88のジェネレーターを見たか?」
キングは軽く首を振る。
「N3B分裂炉が二個直列されてた。発電所に置いてある類のジェネレーターだ」
「馬鹿なんじゃないですか、あの女」
「俺もそう思うよ」
☢️
休憩室の小窓から、スペンサーはNAW同士の決闘を目の当たりにした。
「何をやってるんだ、ピース…」
あのHA―88は紛れもないピースの愛機だ。見間違える方が難しい。
それに対するは、スペンサーの部下であったジョックス曹長。独特の塗装を見逃す筈もない。
背後に佇むチェシーは皮肉げに言った。
「想像に難くない顛末ね。余所者を貴方が連れ込んで英雄扱いすれば、妬む者やその実力を猜疑する者は一定数出てくる。貴方には自覚がないでしょうが、そういうものよ。ツケが回って来たのかも」
スペンサーはその言葉を聞き終わるや否や休憩室を飛び出した。凄まじい速度と焦り様である。
その様を目にしたチェシーは大笑いする。
晴れ渡る鬱憤。彼女が怒る理由も嫉妬する必要も端からなかったのである。完璧な人間など何処にもいやしないのだから。
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