028:白黒

 間抜けなブザー音。


 開始の合図が無線から響き渡った。


 先に動いたのはHA−88。大振りに丸鋸を振り被り、フルスロットルで突撃する。


 そう、それこそ間抜けの様に。


 しかし、攻撃というのは愚直であればあるほど単純な破壊力は大きくなる。突っ込んでくるダンプカーを如何にして止めるというのであろう。

 駆動する四脚の圧力に、闘技場のコンクリートは軋みを上げている。


 対するM90の回答は至極単純だった。


 右脚を軸に半回転。体捌きの要領で突進を避けた。

 すり抜けざまに、大鉈を振るう。スクラップアーム付きの左腕の付け根を狙って。


 容易く両断出来る。誰もがそう考えていたはずだ。電熱線が稼働せずとも、肉厚の刃は工業用のNAWの装甲など切り裂ける。


 しかし、結果は違う。

 HA−88は身を捩らせ、その一撃を自身の装甲で真っ向から迎え撃った。


 大鉈は深々と装甲に減り込んだが、動作機構にまでその刃を届かせるには至らなかった。HA−88の複合装甲は劣化ウラン、幾つかの合金とセラミックの合板であり、重層的な構造を取っている。


 強固な表面、柔らかい層、驚異的な比熱を誇る層。様々だ。

 

 そして大鉈は、硬度の低い合板によって勢いを殺され半端に絡め取られた。

 大振りな決死の一撃が裏目に出たのである。今まで、相手をしたNAW達はヒットアンドアウェイを徹底していた為に陥らなかった落とし穴だ。


 皮肉にも、真っ向からHA−88の装甲に向き合った結果だった。


 装甲から得物を引き抜こうとM90はたたらを踏む。その過程で体勢を崩してしまう。

 

 先程までの武人然とした回避行動を捨てざる終えない状況。


 それを見逃す程、ピースは甘くなく、HAー88は鈍重ではなかった。


 丸鋸を振り下ろす。袈裟斬りに切り倒すというよりも、M90を張り倒すような一撃。


 M90は咄嗟に大鉈を手放し、丸盾でそれを受け止めた。両腕で支えることで、HA−88の理不尽な馬力を堪えた。


 だが、HA−88には左腕が残っている。

 ラージプート社製バグナウ・スクラップアーム。鉄屑を握り潰し、持ち上げ、溶接することを目的とした腕部パーツ。純粋な膂力に極振りされている。軍製品に勝るとも劣らない。


 肩に大鉈を突き刺したまま、HA−88が笑う。スクラップアームをM90の腹部関節に叩き込む。


 五万馬力のガットパンチ。


 M90の巨体が宙を舞う。放物線を描き、飛翔する。


 その場にいた者達は皆、息を呑んだ。それは信じ難い光景だったのだ。


 ある数人を除いては…

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