027:チャリティーマッチ
訓練場は強化鉄筋コンクリート張りの直径百メートルのリングだった。
中央には赤い菱形六面体が描かれ、外周には基地内において暇を持て余している人員の殆どが集まっている。
多くの兵士が配給券を使った賭けに興じていた。
胴元と思わしき男が弾薬箱の上で大声で倍率を只管に叫んでいる。兵士達を煽り立てている。
これから始まる余所者と機動部隊の腕自慢との世紀の一戦を誰もが待ち望んでいた。
リング中央に向かい合うよう佇むのは二台のNAW。
一台は我らが薬中機械少女が駆る工業用NAW。HA−88。
左腕の回転鋸の動力は未連結でアイドリングはしていない。右腕のスクラップアームもまたそのアーク放電装置を落としている。
もう一台は第五世代軍用NAW。M90。
角張ったデザインの二脚型。印象的な円筒形の頭部には縦に二つ並ぶカメラが覗いている。肩口に施された盾状の装甲には骸骨の貴婦人の絵柄がペイントされている。マリゴールドの飾られた喪服姿。カトリーナ。死者の日の象徴。
その手には装備されているのは大鉈。
デオロ社製電熱ブレード。Mk4マチェット。
肉厚なクロム鋼の刀身に刃先はチタン製の電熱線が埋め込まれている、しかし、電流は走っていない。
左手には奇妙な丸盾。
直径4メートル程の比較的軽量の盾だが、その周囲にはナノカーボン、強化アラミドによるヴェールが取り付けられている。さながら闘牛士のマントの如く。
リング外に聳えるSAMロケットの隣に二人の整備兵の姿があった。
圧巻の光景をから観察しながら、キングは同僚の整備兵に問う。
「ルールは単純。行動不能にして10カウント経ったら勝ち。在りし日の格闘技然として楽しいですが、賭けのオッズはどんな具合っすかね、マック先輩」
マックと呼ばれた整備兵はワークキャップを目深に被った壮年の男性だった。HA−88の検閲を担当した兵士の一人だった。
「8:2だよ、キンギー。どっちがどちらかは言うまでもないだろ?それに、その2の方も殆どは程の良い保険でしかない。大損こかない為のな…」
キングは悪戯に笑う。
「まあ、無理もない話ですね。彼女の戦果は俄かに信じ難いですし、何より曹長殿は結構な手練ですから」
そう言って、M90の大鉈へと視線を向けるキング。
「射撃の腕前はアレですけど、近接戦に限ればフランシスコ・ロメロもかくやあらん…曹長の機体名はなんでしたっけ?」
「M90だが?」
「いや、そっちじゃなくて
「ああ、なんだ。『ミクトラン』だよ。なんでも、インドか何処かの神らしいがな…まあ、小洒落てるのは間違いないな」
「そうそう、それですよ。何でもアステカの冥府の名前って話を聞きました。おっかないことこの上ない」
楽しげに笑い、話を続ける。
「それに対して、彼女の機体の愛称は何だと思います?ピースさんがついさっき教えてくれたんですがね」
ワークキャップの幅広のツバを弄りながら、不機嫌そうにマックは答える。
「あの年頃の女の子の考え方なんて分かるわけがないだろ?」
キングは苦笑し、マックの方を向く。とびきりの冗談を準備したコメディアンのような面持ちだ。
「HAPPYらしいっすよ」
それを鼻で笑うマック。
「まるで理解し難いな…」
少しだけ残念そうにするキング。
「僕は結構良いと思いますけどねぇ。それで、先輩は何方に賭けたんです?」
肩を竦めるマック。
「勿論、笑顔にしてくれる方だよ、キンギー」
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