026:意味の無い果し合い

 チェシーとスペンサーの口論より、時は少し遡る。


 アラモ砦の第三整備ドックは中々豪勢であった。

 内部には12台のM90が駐機されており、その一番奥にHA−88が場違いの様に佇んでいる。その周りには何人もの整備兵が寄って集っていた。


 ドックを横断するように配された鋼鉄の足場には、二つの人影が立っている。


 言うまでもなく、それはピースとキングである。


 ピースは整備兵の動向を監視し、キングは義務的に設備の説明を行なっていた。


 だが、それを遮る様に野太い声が響く。


「デカい口を叩いてるのは、お前か?」


 ピースは声のする方を見た。


 眼前に聳え立つ防護服姿の兵士。

 彼女より二回りも大きい巨漢であり、スペンサーより横幅も上背もデカかった。


 キングとピースがその兵士と並び立つ様子は、二人のダビデと一人のゴリアテといった様相である。


「あー、キング殿。この方は?」


  ピースの問い掛けにキングが答えることはなく、代わりに巨漢の問いに答えた。


「調子に乗っているかは別として、此方の客人こそが、英雄的活躍を果たしたピース・ランバート氏であります。三機のT−96と一機のGA900をやったそうっす。どこぞの機動部隊とは、えらい違いですね…ジョックス曹長」


 彼の言葉が何方に向けた当て付けなのかは定かではないが、暗い悪意が込められているのは間違いなかった。

 恐らく、ピースの蘊蓄うんちくが長すぎたのもその一因だろう。


「キンギー。あまり、なま言ってると如何なるか知らないわけじゃないよな」


 曹長閣下は実にドスの効いた声で仰った。キンギーというのは恐らく一等兵の愛称なのだろう。


「無論、弱き者は叩きのめされて然るべきであります。曹長殿」


 これ見よがしに敬礼するキング。


「そういうわけで、何方が強いのか決めて見ればよろしいのでは?四の五を言わず、白か黒かはっきりとさせるには、それ以外にありません。勿論、NAWで」


 曹長の眼光が一段と鋭くなる。

 損得を勘定しているようだった。つまり、勝手にNAWを動かして懲罰房送りにさせられることと、イケすかない工業用NAWを鉄屑に変えて現実を思い知らせることを天秤に掛けている訳だ。


 そこにキングが更に分銅錘を追加する。


 勿論、天秤が闘争に向かって傾くように。


「単なる意見具申ですが…これは基地全体に望まれた決闘と言えるはずです。司令官達もスペンサー少佐の証言を裏付ける証拠として戦闘の結果を精査してくれるでしょうし、機動部隊としても腕試しができる」


 そして、曹長へ寄り沿い意地悪げに言葉を付け足す。


「勿論、溜まった憤懣を存分にぶち撒けることもできるでしょう…。彼女は何処まで行っても余所者です。違反行為なんて幾らでもでっち上げられます。その際には私も手伝いましょう」


 曹長はキングを押しやり、再び思案に耽る。しかし、その目には先程とは異なる鈍い輝きが宿っている。


 キングは微笑んで、ピースの方を振り返る。


「我々、整備兵としても貴方のHA−88の性能は気になる所です。第六世代の最後の傑作機と渡り合った民生品の第四世代の勇姿を是非、お目に掛かりたい」


 そして、ピースの方へ更に歩み寄り、耳打ちした。


「この基地で平穏を手に入れるならこれ以上の手はないっすよ。それに、決闘を承諾していただけたら、少佐殿を送り届けた褒賞について整備兵一同で口添えしますから。貴方の実力は本物だと…言う様に」


 それだけ言い残し、キングは元の位置へと戻った。冷戦中のキューバじみた立ち位置に。


「戦うなら、今から丁度十分後に訓練場で集合しましょう」


 二人へ視線を送り、微笑む。


「スクランブルは慣れておりますでしょう?」

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