第二章:101前線基地
020:アラモを忘れるな! ゴリアドを忘れるな!
二人の目指していた前線基地。正式名称101前線基地。通称アラモ砦。
10平方キロメートルに及ぶ一大拠点。
第六複合体傘下の子会社が所有していた工場がその前身である。
周囲はコンテナを幾重にも溶接した高さ30m超の壁に覆われ、対NAW用の兵器が満載された櫓が幾つも聳えている。
その門は固く閉ざされ、来るものを拒んでいた。
それは、異形のNAWであるHA―88に対しても同様だった。管制室からの威圧的な無線が入る。
「こちら101前線基地管制室。HA−88の搭乗者に告ぐ。所属と階級を言え、さもなくば不穏分子と看做し容赦なく鉄屑に変えることとする」
どこかで聞いたような台詞。それを語ったものは交差点で既に死んでいる。
「情報部隊所属スペンサー・クローヴィス少佐だ。識別コードを送る。確認してくれ」
スペンサーは軍人らしく端的に要件だけを伝える。コクピットの無線から20桁のコードを送る。
管制室からの無線は面食らったようにブツ切れ、暫しの沈黙が流れる。
🏭
精油用の蒸留塔を改装した不恰好な管制塔。
立ち並ぶディスプレイの数々。その前に座る十数人の管制官。背部には第五空白地帯の崩壊前の地図が一面に映し出されたモニターが貼られている。
常に慌ただしい管制室だが、スペンサーからの無線によって、普段より一段と騒がしくなっていた。
此処を指揮するブレイク大佐はその代表格であり、当の無線を担当していた管制官をどやしつけた。
「どういうことだ?あの馬鹿は死んだんじゃないのか?勝手に基地を飛び出しやがって!」
時代錯誤の野戦服に身を包んだ山羊髭を生やした中年男。
頬には痛々しい縫い傷が走り、丁度、微笑んでいるように見えなくもない。その階級章以外は佐官というより、叩き上げの曹長といった風体だ。
「いえ、コーザ=アストラとの戦闘の最中に通信途絶し、KIAとして処理をした迄です。明確な死亡確認が取れた訳じゃありません」
女管制官が淡々と答える。短く刈り込んだ黒の短髪が特徴的であり、彼女の右腕は義肢だった。
「コードも一字一句間違っていませんし、声帯認証もクリアしてます。更には、画面に映ってる赤髪の女性はどう見てもスペンサー・クローヴィスです。虚偽だと主張する要素は…」
ブレイクは割り込む様に言い切った。
「あのふざけた塗装の工業用NAWだ」
「そうですね。ですが、データベースには該当はありません。周囲にも当該機以外の反応は無し。隠蔽していない限りは、無所属と断じられるでしょう」
「考えられる可能性は?」
「少佐が何者かのNAWを強奪し、此処まで退却してきた。少佐はNAWの操縦はからっきしですが腕っ節は反則級ですから、十分有り得ましょう」
「それか、スペンサーからコードを聞き出し、成り済ました強襲部隊か…」
「取れる選択は二つに一つです、大佐。一つ目の選択肢は、SAMロケットの集中砲火で消し飛ばすこと。手っ取り早くはありますが、基地内に情報が露呈した時に兵士の士気を削ぐでしょう。少佐の人気は基地内で中々のものですから」
彼女は平坦な声でもう一つの道を提示する。
「もう一つの選択肢は、監視の元、基地に招き入れること。ある程度のリスクを負うかもしれませんが所詮、工業用NAW一機。得体の知れない改造が施されている様ですが制圧は容易でしょう。外に向かってSAMを撃ち込むか、内部に向かって撃つかの違いです」
ブレイクは呆れた様に呻き、髭をしごいた。
「その言い口じゃ、答えは一つだと言ってる様なもんだ」
彼はそのまま広域放送用のマイクを手に取り、関係各所へ命令事項を伝えた。
😄
両開きの門がゆっくりと開く。軋みを上げ、門の向こうの広場が見える。
「開くまでに相当時間がかかりましたね」
「組織というのはそういうものだ。晩飯の献立を変えるのにも一月ばかりの協議が必要になる」
「まあ、なんにせよ中へ入りましょうか」
格納庫の立ち並ぶ広場。
そこには過剰とも思える警備が敷かれている。
HA−88を取り囲むようにライフルを構える4台のM90。
その周囲にはボディアーマーに身を包んだ随伴歩兵が三分隊ほど待機し、彼等の後方にはNAWの牽引用車両がクレーンを上げたまま駐車しているのが確認できる。
頭上にはSAM多連装ロケットがその首を擡げ、HA−88を抜け目なく照準に捉えている。
「歓迎されていないようですね」
「まあ、想定内の反応だな。即座に消し飛ばされるよりかは遥かにマシだ」
そんな話をしていると、随伴歩兵の一人が前に出る。背後では門の閉まる重厚な音が聞こえる。
「エンジンを停止し、検閲に応じてもらう。搭乗者はNAWから降車しろ」
スペンサーはピースへ言い含める。
「エンジンを停止してくれ、私が先に降りて話をつける。間違っても、アストラの連中に対してやったようなトンチキな問答はするなよ」
無言の肯定を踏まえた彼女は、コンテナのトラップドアを開き、HA−88のだだっ広い上部装甲に立つ。
地上18mからの慣れ親しんだ景色が辺りに広がっている。
少しばかり非友好的にすぎるかもしれないが、待ち受ける兵士は懐かしい顔ぶればかりだ。
スペンサーはこれ見よがしにヘルメットを脱ぎ去って見せる。
赤い髪が火花の如く散る。
それが皮切りとなり場の空気は一気に弛緩する。
彼女には不思議な力がある。ピースが彼女と邂逅した時に感じたある種のカリスマともいうべき魅力であり、有無を言わせぬ威圧感である。
その様を管制塔から覗きながら、ブレイク大佐は苛立たしげに顔を歪めた。
「最悪だ。デカい爆弾がまた帰ってきやがった…」
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