018:アックス・ボンバー
「吊り野伏だ」
そうスペンサーが呟いた時には、HA−88は旋回を済ませていた。
捻る勢いそのままに強烈な左ラリアットを繰り出した。
複合装甲を纏うアックス・ボンバー。在りし日のハルク・ホーガンの必殺技。
視界を奪われた状態で跳躍したGA900に回避の余地は無かった。
最高速度ではHA−88が勝っている。腕部の馬力は桁違い。おまけにGA900の装甲は御世辞に言って標準程度。
耐え切る余地は無かった。
黒い鴉がダンプに轢かれた。高く跳ね飛び、やがて落下する。
羽根じみた装甲の破片が飛び散り、辺りに散乱する。脚部が千切れ、上半身と分断された。悪辣な短機関銃を握る力も残されてはいない。
GA900の上半身は瓦礫に寄り掛かるように止まった。
「ピース。中の操縦手は生きてると思うか?」
「運が悪ければ、首の骨がへし折れてますね。それだけの衝撃だったはずです」
そう言いながら、ピースは無線を繋いだ。
「勝負ありのようですね、ミス…ああと、名前は…」
無線から反吐混じりの怨嗟の声が響く。
「ヤタ・カスミだ。糞ったれの鉄屑野郎」
ディスプレイに映り込むのは眼帯の下から血を流す女の顔だ。
「勝負は付きました。次は話し合いのフェーズだ。そうでしょう?」
「話し合いだと?冗談のセンスは壊滅的だな」
悪い方向に転じそうな雰囲気を感じ取り、スペンサーは割って入る。
「それに関しては言えているかもしれないが、我々には話し合う余地がある。それもまた間違いない」
ヤタは目を拭い不遜に言い返す。
「ん、あんたがクライアントの言っていた情報将校か?そのNAWにはコクピットが二つ付いてるってのか、いよいよ馬鹿げてる…」
「第六複合体情報部所属スペンサー少佐だ。言動や戦い方を見て判断したんだが、貴方はコーザ=アストラの正規兵じゃないようだ。雇われのように見える」
「ご明察だが、理屈を聞いてもいいか?」
「連中は単独行動は絶対にしない。最低でもツーマンセルだ。それに、乗っている機体も一点ものの最新機体。互換性を重視してやまない連中が間違っても配備したがらないNAWだ」
「情報将校というのは嘘じゃなささそうだ。それで話ってのはなんだ。死なずに切り抜ける方法があるってのかよ」
「コーザ=アストラの連中に虚偽の報告をして欲しい。『標的のHA―88に対し瀕死の重傷を与えたが、決死の反撃に遭い大破。相手方もこの辺りで修繕に精を出しているだろう』と」
「俺にクライアントを裏切れと?」
「裏切る?何を馬鹿な。嘘は言ってないはずだ。少しばかしの誇張表現に過ぎない。貴方は我々に痛手を確かに負わせた。おい、ピース。吹き飛んだ方の右腕をヤタに渡すことはできるか」
「修理して再利用しようと思ってたんですがね。良いでしょう」
ピースはそう言って、背中のプラットフォームから破損した右腕を掴み取り、GA900の前へと放った。その所作はどこか挑発的であり、自慢げであった。
「これを証拠品として提示してやれば、連中も嘘と断じる事は出来ない。それとも、プロとしての矜持が痛むか?」
その言葉に露骨に顔を顰めるヤタ。
「矜持だと?御前もそのサイボーグ女に冗談のセンスどうこう言える口じゃないな、スペンサー。第六複合体がそこまで温いとは思わなかった」
スペンサーはしてやったという風に笑った。
「うちは仮にも企業だからな。未だに『信用』の世界でやってるのさ」
火傷跡を掻き毟り、ヤタも笑った。
「ハハハハぁ、本当にしょうもない奴だな。良いだろう。後詰めの連中にその通りに伝えてやる。御前の方便そのままだ」
笑う二人を傍目に、ピースは肩を竦める。神経に直列されているHA―88もまた同様に肩関節の油圧を上げた。
「商談成立という風ですがね。その女が信用できる保証は何処にもありませんよ…」
その言葉は響かない。無線は繋がってはいなかった。
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