017:近接戦の極意


 スペンサーは訓練生時代に教官から聞いた言葉を思い出した。


『二丁拳銃を使う奴は、馬鹿か自殺志願者の何方かだ』


 しかし、それはディスプレイ向こうで繰り広げられる死闘によって徹底的に否定されてしまう。


 GA900の闘い方は、狡猾な鴉そのものだった。


 執拗に追い、一撃を加え、素早く退く。


 相手に的を絞らせないように、軽快に飛び回る。

 そして、相手の選択肢を狭めるように撃ち込む短機関銃の。貫徹を目的とせず、指向性を持たせた爆発の衝撃により内部機器へダメージを及ぼす悪辣な弾種。


 HA―88の異常な装甲はそれをものともしていないが、神経を機体に直結しているピースは時折、苦悶の声をあげている。

 

 末端機器の異常が激痛として脳へとフィードバックされているのかもしれない。


 激痛を引き金に思わず、バランスを崩したHA−88。


 隙を見逃さず、GA900はすかさず踏み込む。

 装甲を抉り取るように銃剣を繰り出す。丸鋸や鉤爪を叩き落とすように振るうが、GA900は巧みにそれを掻い潜り、関節に刃を捩じ込もうとする。


 既に右腕だけでなく、左腕の関節を覆う強化アラミドの防備は抉り取られていた。


 厄介なのは、姿勢制御や旋回性能に歴然とした差が存在していることだ。


 最高速度では負けてはいないが、立ち回りの上でその二つは余りにも大きく働きすぎた。


 本来なら、鉄筋パンチャーの不可視の遠距離攻撃で動きを制限するのだが、今はそれもない。


「ああ、糞。鉄筋パンチャーがあればこんな奴、一瞬で田楽刺にしてやるのに」


 ピースが悪態をつく。戦闘で彼女がボヤくのは初めての事だった。


 何とかして、相手の足を奪う必要があった。でなければ、此方がジリ貧だ。日没も近い。奴のマットブラックの塗装を見ろ。夜闇に紛れるには申し分ない。


 対して、此方は黄色だ。今以上に近接戦の均衡は相手方に傾くだろう。


「おまけに、GA900には暗視装置が標準搭載されてる…」


 思わず漏れ出た独り言。


 だが、それが糸口になった。


 暗視装置、蓄光ビニール、ワイア。そして、数分もせずに訪れる日没。


 道具と条件は揃い切っている。


「ピース。次に敵が切り掛かってきたら、それを思い切り回避するか迎撃するかして、勢いそのまま走り出せ。日没まで時間を引き延ばすんだ」


 短機関銃の攻撃を腕部装甲で弾きながら、ピースが言う。


「逃走する気じゃないなら、良いでしょう。アイツを叩きのめせると確約してくれますか?」


「ああ、勿論だ」

 

 ピースはその言葉を聞くなり、スクラップアームで引っ掴んだ自動車の残骸を投擲した。それはGA900に容易く回避されるが、その体積もあり跳躍の幅は広い。


 道は開けた。


 その間隙を付き、HA−88はフルスロットルで道路に向かって突っ込んだ。


                   😄


 ヤタは面食らった。


 相手はどう考えても、此方を殺しに来ていた。どれほど劣勢であっても一歩も引かない。


 それだけの気概が感じられた。


 それが、一転。逃走を選択したのである。


 余りにも不自然。確実に何かある。そう考えるべきだ。


 辺りは夕闇に包まれ掛けている。闇に紛れて逃げ切る魂胆なのか。思い当たる節はそれぐらいだ。


 だが、それほどまでに単純であるとも思えない。

 

 疑念を振り払い、ヤタは追撃を開始する。


 暗視装置を起動し、GA900の脚力を活かし跳ねる様に崩れ掛けの道路を疾駆する。あのふざけたNAWの桁違いの重量の所為で通った路面はがたがただ。


 とはいえ、GA900には関係ない。飛び石の様に転々とした足場さえあれば十分だ。


 辺りは完全に闇に呑まれ、奴との距離が縮まる。決着をつける時だ。


 ヤタは射程にHA−88を収めると一気呵成に飛び掛かった。

 

 短機関銃で脚部関節に弾雨を降らせながら、頭部パーツへ切先を叩き込まんとする。奴の旋回性能では、間に合わない。そう踏んでいた。


 だが、奴は此方が跳躍するその瞬間に左手からアーク放電を迸らせた。


 そして、辺りは白い発光に包まれる。


 奴がその身に纏っていたビニールがその発光源だった。


 暗視装置により増幅された光は、カメラを一時的機能不全に陥れる。


 ヤタは視界を奪われた。



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