016:狙撃手の燻し方
どれほど探した所で見つからなかった。
高性能スコープには、ただ灰色の世界が広がるばかりだ。
未だ勝利の余韻は訪れない。
代わりに訪れたのは、地響きだった。
時計塔全体が揺れはじめたのだ。地震ではない。周囲の建物は揺れていない。
この時計塔だけが、崩壊を始めているのだ。確かに、この時計塔は崩れ掛けてはいた。だが、高射砲の反動だけで崩壊するほどヤワであるとは思えない。
何か別の原因があるはずだ。
ヤタは高射砲をパイポッドから取り外し、スコープで衝撃が響いて来る方を覗き込んだ。
ビルの最下端。
そこからとんでもない砂埃が噴き上がっている。
その灰色の雲中に除くのは、あのふざけたNAW。HA−88。
全身を何かしらの被膜で覆っている。景色に合わせ、蛸の様に色を変遷させている。
何が起こったかをヤタは瞬時に理解した。
してやられたのだ。
😄
時計塔の根元まで辿り着いたスペンサーたちが取った作戦は、至極単純だった。
発見できる限りの支柱を見つけ、丸鋸で一定の亀裂を入れていく。
そして、ウィンチから伸ばしたワイヤを順繰りに掛けていく。
支柱を破壊しながら、反対側へ向け直進する。
向こう側に突き抜けるまで愚直に、へし折れるだけの支柱をへし折る。残された支柱はワイヤの牽引によって、無理やり切り落とした。
馬力にものを言わせ、やり通した。
そして、倒壊する向きとは反対側へと突き抜けたのだ。
😄
ヤタは湧き上がる怒りを抑えつけ、高射砲を打ち捨てた。
間髪入れず、信じ難い瞬発力で後方へ向け駆け出した。
GA900の脚部パーツは躍動し、筋肉繊維じみたそのサスペンションと駆動系は完璧な姿勢制御を齎した。
既に時計塔は傾き掛けている。
あの忌々しい工業用NAWはこの後に及んで、その機体用途の本懐を果たさんとしていた。即ち、高層ビルの打ち壊しだ。
去り際に、奴のスマイリーマークが笑っているのが見えた。『ご安全に』と皮肉じみて言い放っているかのようだった。
「イカれ野郎が」
ヤタはビルの反対側まで登り詰め、傾いた時計塔の側面を駆け降りた。
窓を踏み抜かぬ様。背部の排気パイプを最大限に活かし、都市を我が物顔で飛び回る鴉のように、GA900を動かしてみせた。
そして、彼女はビルが崩れ切るまでの間に、180mのスプリント走を走り切ってみせたのである。
崩壊前から聳え続けた退廃の象徴は倒壊した。
意図も容易く横倒しになり、凄まじい粉塵と爆風を周囲に巻き起こした。GA900という軽量化を極めたNAWでは吹き飛ばされてしまうのではないかと思えるような風速だった。
だが、そんなものはお構いなしに、ビルの瓦礫を選り分けながら姿を見せるNAWが一機。
自らが破壊した時計塔を背にHA−88は佇んだ。塗装が多少剥げている程度で他に目立った損傷は無い。吹き飛ばしたはずの右腕すら再生している。
御伽話の化け物じみている。それに立ち向かうなら、武器が必要だ。
粉塵立ち込める中、GA900は予備の兵装を展開した。
バヨネット付きフルオートピストルを二丁、背部の武装ラックから抜き放つ。
エングラム社製M11短機関銃。
かなり角張ったデザインをしており、直方体の上面にコッキングレバーとスライドが配されている。
レシーバーの口径は70mm。
グリップに内蔵されたマガジンはドラムマガジンであり、その無骨な雰囲気を更に顕著なものへと変えていた。
底面に溶接された銃剣はT−96に装備されているものと同型の炭素鋼ブレード。装甲を貫徹し、切り裂くに十分な切れ味と強度を備えている。
ヤタが銃口をHA−88へ向けたその時、無線が割り込んで来た。
「良い機体に乗ってるね、このご時世、GA900にお目にかかれるなんて滅多に無い幸運だよ」
楽しげな声が無線から響く。
その物言いにこれ迄の行動もあいまり、酷く頭に来たヤタは無線どころかカメラまで繋げて言い返した。
「特級の不幸だと思い知らせてやる。時代遅れの鉄屑野郎が」
ディスプレイに映る彼女の面は怒りに満ち触れていた。
マットブラックの髪を短く刈り上げ、白磁のような顔には痛々しい刃物傷と火傷の跡が広がっている。剥き出しになった八重歯の一本はチタン製で酷く鋭かった。
片目は失われ、塩化ビニルの眼帯がそれを覆い隠している。
ヤタのその顔は、手負いの猛禽類を思わせた。
「ハハハ、壊れればNAWは全て鉄屑。死ねば人は皆肉塊。悪口でもなく、唯の事実確認でしょうか?」
そして、ピースは突撃した。
だが、HA−88は万全の状態には程遠い。右腕の鉄筋パンチャーは既に残っていない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます